今回は横浜線のなつかし写真…なのだが、線内での写真は1枚だけで、他は根岸線山手駅でのものしかない。
正しくは、横浜は通りません
横浜線は東海道線の東神奈川と中央線の八王子を結ぶ路線で、南武線同様多摩地区・神奈川北東部の都市間連絡を担う。イメージ的には北西・南東方向に斜めに走る感じがあるが、東神奈川—橋本間は東西の軸に近い角度になっていて、茅ヶ崎—橋本間の相模線がほぼ南北に結んでいる形だ。
水戸線・奈良線同様、路線名の横浜は線外の駅名になっているが、多くの列車が京浜東北・根岸線に直通して横浜へ達している。
205系・相模線キハ35系(橋本・1991)
冒頭に書いたとおり、横浜線内での写真はこの1枚のみ。相模線を撮りに来たときのもので、横浜線そのものを撮りに行ったことがないのだ。相模線についてはこちらを。
横浜線205系は1988(昭和63)年に導入。山手線、京阪神緩行に続く3番目の205系投入路線だ。
1979(昭和54)年までに旧国72系を全廃して103系に統一。ラインカラーはウグイス色になったが、スカイブルーの京浜東北線との共用車や転入車が多く、乗り入れ先での誤乗防止のために中央線の特快と同じような「横浜線」という大きなHMを付けていた。
205系は導入から半年で103系すべてを追いやり、完全新性能化から10年で205系に統一となった。
横浜線205系(山手・1990)
ここからは根岸線山手駅での写真。同じ日の京浜東北・根岸線103・205系の写真はこちらで。
1988年から横浜線は線内快速の運行が始まり、205系は運転台上に種別幕を新設して登場。大船行に関しては快速表示を隠してもいいはずだが。
この当時の205系の写真で気になるのは正面のJRマークの左上・ガラスの下に白い何かが付いていること。スキャンしていてゴミかと思って消していたら、ほとんどの写真で確認できるので再スキャンするはめになった。
横浜線205系(山手・1990)
横浜線は東神奈川から京浜東北線、横浜からそのまま根岸線に入って大船まで片乗り入れしている。一時期は大船から横須賀線へ入って逗子へ行くものもあったが、湘南新宿ラインの拡充で消えた。
各駅停車に関しては種別幕に「横浜線」を表示。未だスカイブルーの103系中心だった京浜東北・根岸線とは一般客でも簡単に判別できたと思うのだが…
横浜線205系(山手・1990)
八王子方面行に関しては「横浜線 八王子」という幕が後から加えられた。誤乗防止策で、側面方向幕に2段で表記することになり、正面も連動して同スタイルになった。この時点で、種別幕の「横浜線」表示は意味がないものになってしまった。また、正面・側面とも英字なしとなった。
のち、ラインカラーの黄緑ベースの英字付き幕への交換を経て、現在は正面のみLED表示という不思議な仕様になっている。
なおこの写真は例の白いモノが窓下に付いていない。この記事の205系はこの写真以外すべて東神奈川・大船方先頭車を撮っている。八王子方先頭車にはなかったのかな?
EF65 98+貨車(山手・1990)
根岸線といえば忘れちゃいけないのが貨物列車。EF65 98はネットで画像を探すと、のちに黒Hゴムになっていたようだ。
EF65 98+貨車(山手・1990)
こちらは「両さんマユ毛」ツララ切りをつけたEF65 520が牽引。なんとこの520号は引退後「碓氷峠鉄道文化むら」で展示されているとのこと。こういう写真は貴重だな。
(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)
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