2024年4月に入り、2016年夏までの古い記事の画像リンクが切れました。
対応は現Googleアルバム経由での再貼付しかなく、アルバムへの画像貼り直しを進めました。
しかし5月4日に作業の続きをしようとしたら、古いリンクが復活してるではないですか!💢
ということで、アルバムへの貼り直しをしちゃった分は記事への再貼付を進めています。
2011-2014年分の中で画像が全部や一部表示されない記事が残っています。
2009-2010・2015-2016年分記事は再貼付が完了しています。

2023/07/16

23.7.16 あまのじゃくなラスボス(スマホ)

ひさびさの記事であるが、相変わらずのパターン。
ただし今回はいつものパターンで終わるはずが、続きが出た。


変化をつける

相変わらずのパターンというのは、西武線の小川駅詣で。行きつけの場所があるためで、その際に乗ったり遭遇した列車を主にiPhoneでついでに撮るという形。
撮影のためのお出かけではないので、デジカメを持って行った日は少ない。目的地には小川駅のほか八坂駅からでも行けるのは、過去の記事の通り。



東西線妙典始発から高田馬場→西武新宿線急行へのりかえるパターンはいつも通り。
急行は本川越行で、小平で先行の急行多摩湖行(急行は田無以西は各駅停車)が接続していたが、今回は気分を変えてそのまま東村山まで進んだ。
路線図の通り、歴史的経緯からこの辺りの西武線は路線が輻輳しており、小平で降りなくても小川へ向かうことができる。


6000系(東村山)(i)

高田馬場から乗ってきたのは6000系トップナンバー。リニューアル工事を終え先月30日に出場した。
表示幕がフルカラー&白色LEDに変わっており印象が変わった。入場は4月14日だが、その前の3月23日に先行してヘッドライトがLEDに交換されている。
6000系で登場時の顔色を維持しているのは新宿線所属のこの6001Fと6002Fのみであったが、6002Fは1月入場・3月出場でひと足早くリニューアルを終えている。
昨年10月に小川駅で捕らえた銀顔・表示幕・電球色ヘッドライトの姿は過去のものとなった。



新2000系(東村山)(i)

ここから国分寺線で次の小川へ出る。
東村山駅は高架化工事の真っ最中で、国分寺線と西武園線が同じホームに縦列で停まる形になっている。ただし線路はそれぞれに分断されている。


新2000系(小川)(i)

国分寺から小川へは1駅。途中多摩湖線のガードをくぐるが、接続駅は設けられていない。
乗った編成は2049F6連。こっちに来るときは新じゃない2000系に会えるのを期待するが、西武線アプリでもそのアイコンは見られなかった。


ところが

用事が終わり、小川駅へ向かう。いつも西口を利用するが、開けている東口へ出たことがないので、行ってみることにした。



新2000系(小川—国分寺)(i)

踏切に近づいたらちょうど鳴いた。国分寺線国分寺行がやってきた。
国分寺方から2523F4連+2461F2連の6両編成。

踏切を渡って線路際のヘンテコな幼稚園の前を過ぎると、道は線路から離れてしまった。住宅街の細い道を進む途中、奥に垣間見える線路に現れたのは田の字窓の2000系! 側面行先表示は「玉川上水」となっている。拝島線の列車だ。
帰るつもりだったし猛暑日でもあるが、これは追いかけるしかない。見えた列車には到底間に合わいので、次の列車に乗ろう。


新2000系(小川)(i)

玉川上水は2つ先の駅。ダイヤ的に次の東大和市で2000系を迎えることになろう。小平方端っこで列車を待つ。
まず現れたのは国分寺線。2053F6連で、現存の新2000系6連では唯一の菱形パンタ編成。
データイムは拝島線と国分寺線は列車間隔が同じで、駅にいると両線の列車が交互に来る感覚だ。




新2000系(小川)(i)

国分寺線は単線で、当駅では上下列車が交換する。東村山行は往路で同駅から乗った2049F。


6000系(小川)(i)

私が乗るのは、これまた往路で乗った6001F。


東大和市へ

小川駅からのどかな風景を眺めつつ進み、高架に上がると東大和市駅に到着。



6000系(東大和市)(i)

東大和市駅は「相対式2面2線の高架駅」で、西武鉄道では2つ先の武蔵砂川駅と2駅だけの存在。私は拝島線小川以西の利用は10年以上なかったはずで見慣れておらず、西武らしくない絵ヅラという感覚の駅である。
当初その相対式高架駅に停まる2000系を撮ろうと思い小平方端っこに降り立ったが、拝島方は緑が見えてなんだか良さげな感じ。
ホーム端に1人先客がいるが、間を空けて立てば…と考えながら向かっているうち、列車が来てしまった。



2000系(東大和市)(i)

6連単独編成だった。そもそも小川駅の脇から見たときは6連口か2連口かわからなかったが、小平方に顔が出ているのは確認していた。
デジカメを持ってたらもっといい画質で撮れたのだが。


2000系(東大和市)(i)

2000系も廃車が進み、6連口はこの2031F(この列車では小平方先頭車が2031号・拝島方先頭車が2032号)がラストワンで、2連口も3本だけ。新じゃない2000系は残り12両となった。


2000系(東大和市)(i)

2031Fは1987(昭和62)年製の5次車。2031F・2033Fはもともと3次車で登場した番号だが、1983(昭和58)年に2連口・8連口を増やすための組み替え用車両に選ばれ、然るべき車号に改番された。
写真の5次車編成は2031Fとしては2代目となる。5次車は新2000系移行直前の製造で、箱型ベンチレーターや助士側ワイパー設置、黒Hゴムなど新2000系の要素も入ってきている。
ベンチレーターは更新工事により撤去されたが、これは新ではない2000系では2031F、2033F(廃車済み)2417F、2419Fで構成された5次車のみの施工。4次車までのグロベンは対象にならなかった。


2000系(東大和市)(i)

対向式2面2線の高架ホームに停まる2000系。私の中ではレアな風景。まぁこんな上屋の地上駅だってあるから、この画角だと高架ホームである証明はできないが。

さて、2031Fは小平から折り返してくるだろうから、カーブになっている小平方先端で再び迎えることにしよう。
拝島行下り線がインカーブなので、アウト側である小平行上り線ホームの2番線に移る。小平方先端には先客がいたので、2031Fが近づいてくるまでは拝島方に居ることにした。




20000系(東大和市)(i)

20106F10連。駅の南側は緑が生い茂っている。



新2000系(東大和市)(i)

2047F6連。2031F同様拝島線内運用。
新2000系リニューアル車は戸袋窓閉鎖・正面に車号表記とビジュアルが変わっている。


(東大和市)(i)

2031Fの到着が近づいたので、小平方へ。
線路直上を跨ぐ送電鉄塔はカーブの先の変電所近くまで4本続く。高架線上を跨ぐ送電線はJR西日本の湖西線でも見られる。





2000系(東大和市)(i)

1枚目はデジカメだったらクッキリ撮れたなぁ。
次の玉川上水止まりだから、下り拝島方端っこでまた待ってみるか。




6000系(東大和市)(i)

6001Fが拝島から戻ってきた。
新宿線の6000系は長らくこの銀顔の6001・6002Fのみであったが、今年に入って池袋線への新製40000系投入で捻出されたバカ殿6003・6004・6008Fが新宿線に移籍している。これにより新2000系の廃車も順次進んでいる。



40000系(東大和市)(i)

40003F10連。現在池袋線所属のみの40000系は常時2本が新宿線貸出となっている。
拝島ライナーに使うため青ラベルのデュアルシート編成。これの戻りの上り急行で高田馬場まで帰れたらいいな。急行ではロングのセッティングだが、肘掛け付で隣の乗客との接触が浅くなるため、ノーマルなロングシートより居心地が良い。



30000系(東大和市)(i)

38817F8連の小平行。土休日データイムの拝島線は新宿線直通急行3本、小平—拝島間各停2本、小平—玉川上水間各停2本の1時間6本運転。編成は10・8・6連とさまざま。


新2000系(東大和市)(i)

2047Fが早くも小平から戻ってきた。小平、萩山、小川、東大和市、玉川上水と5駅間のみのシャトル運行である。そのうち線路の分岐・交錯がないシンプルな停留場はこの東大和市駅のみ。




20000系(東大和市)(i)

こちらも当駅で一度撮った20106F。


20000系(東大和市)(i)

続いて下りも20000系。20108F10連。



新2000系(東大和市)(i)

多少嫌な予感を抱きながら待った玉川上水返しの列車は、案の定2047Fだった。2031Fは車庫へ入ったのか?

あまのじゃくなラスボスに振り回されたな。猛暑の中待ったため玉川上水へ確認に行く気力はないし、帰ることにした。
まぁ1枚目のアングルは見ての通り逆光だし、キレイな写りにはならなかった。暑さでそのあたりも気にしてなかったのは間違いない。


(東大和市)(i)

折返し乗車のため一旦改札を出た。
せっかくなので駅外観を…と思ったが、舗装地面の輻射熱がすごくて、この辺りですぐ駅に引っ込んだ。



30000系(東大和市)(i)

着席できる可能性が高い最後尾で40000系急行を待つ。
屋根が途切れているので、私以外この猛暑の日なたで待つ客はおらず。


40000系(東大和市)(i)

目論見通り40003Fの急行で着席できた。高田馬場まで爆睡。その後の東西線でもまた爆睡していたが、途中からは爆睡疲れが出た。
東西線にも快速列車があるが、通過は東陽町以東だけ。大手私鉄の優等列車はスピーディーでいいな。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)