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2024/10/15

24.10.15 きたふちゅう鉄(スマホ)

前記事の通り、香川へ行っていた。
スポーツの日絡みの土日祝三連休で行き、明けたこの15日はお疲れ休みに充てた。誕生月休暇が使えるのでね。まぁその誕生日そのものなんだけど。

誕生日といえば、8年前にこんな事があった。
地元の二俣新町デルタに583系のTDR団臨を撮りに行ったら、583系が西へ去った直後、東からEF65 501が牽く12系団臨が現れたのだ。
後者は鉄道の日記念で、京葉線としては超レア列車だった。今は583系が先に消えてしまったけどな。
事前に知らなかったため、記事のタイトルの通り、実際には数秒であったが「夢か? 幻か?」と思った場面だった。


大正と昭和と令和の電機

お疲れ休みに充てたものの天気もいいし、結局車で出かけた。
非鉄の目的地に向かった流れで出たのがJR武蔵野線に沿った道。北府中駅に出たので「何か居るかな?」と駅北側の東芝府中の線路を見たら…ををっ! テディベア?

時間の縛りがあるので目的地での用事を済ませたあと再訪すると、風景は変わっていなかった。
幸いにもすぐそこのコインパーキングが「空」表示で、駐車した。デジカメはないので、iPhoneで。


台鐵E520+E519?・ED31 3・EF65 535(北府中)(i)

こんな風景が。
まず目を引いたのはテールライトを点灯したオレンジの機関車。
台湾へ輸出するものだというのは以前から2トレで見て知っていたが、実見できるとは。

そして、EF65の手前の凸型電機。ガラスに目張りしてテディベアみたいになっている。
往路で通りかかったときは目の前の交差点も青で路肩もなく停めることも叶わず、ひたすら「EF65を引き取ったのは知ってたけど、あのテディはなんだ?」と考えながら運転していた。


ED31 3・EF65 535(北府中)(i)

東芝府中といえば9年前に北府中駅のホームや車内から、台鐵機がいるカーブにいたクハ103とクモニ83を撮った。
車両はたまに手前に出てくることもあると聞いていたが叶わず、ロングズームで撮った。
2両はいまは房総の『ポッポの丘』に居る(リンク先記事は2両の転入前)。

今回も場合によってはホームから、と考えてたが、iPhoneのズームの質や、今回はそれこそ手前に出ていることもあって、歩道からの記録にした。



ED31 3(北府中)(i)

OHMI…近江鉄道のED31か。ガラスはすべて目張りされている。
近江鉄道は引退した機関車をたくさん並べて『近江鉄道ミュージアム』として展示していたが、その展示も終了。
調べると、東芝の前身・芝浦製作所製(石川島造船所と共作)であることから後身にあたる東芝インフラシステムズに譲渡されたそうだ。
ミュージアム時代の、水色に黄色の裾帯の様々な形の機関車たちが並ぶ写真はよく見たな。



ED31 3(北府中)(i)

大元は伊那電のデキ1で、1923(大正12)年製だと! こりゃすごい。
その後国有化で鉄道省・国鉄→西武→近江と渡り歩いた。


ED31 3(北府中)(i)

このまま野ざらしにすると車体が朽ちそう。
スイッチャーで多少動かすことで、台車の錆は多少落とせる。まぁ自走は無理だろうが。


ED31 3・EF65 535(北府中)(i)

2機は連結されているようだ。


EF65 535(北府中)(i)

高崎機関区時代の「髙」の区名札が差されている。
しかし、また誕生日にEF65 500番台に遭遇するとは、奇縁なり。


EF65 535(北府中)(i)

EF65 535は当初一般型の0番台として製造されたが、竣工間もなくブルトレ増発対応でP型500番台化された。ブルトレ華やかなりし頃の車両。


EF65 535(品川・1989)(再掲)

現役時代の姿。JR貨物所属となったEF65 535はそのJR貨物最後のEF65 500番台となり、晩年はその挙動が都度注目を集めた。
写真はまだそんな扱いになる前の、そんじょそこらの機関車の時代。




EF65 535(北府中)(i)

晩年はJRマークがなくなって、この国鉄時代の姿に戻された。
2008(平成20)年に引退し大宮で保存されたあと、2013(平成25)年にピカピカの状態で生まれ故郷のここに還ってきた。
その後一時期は塗装がかなり褪色しHゴムが溶けた跡もついたが、塗り直されている。


台鐵E520+E519?(北府中)(i)

台湾鉄路行司(キャプションですでに書いているが「台鐵」とする。旧・台湾鉄路管理局)E500型は台湾で初めての日本製電気機関車で、この東芝インフラシステムズで製造されている。
歴史的経緯より日本製の蒸気機関車が活躍したように、台鐵は狭軌1067mm。武蔵野線と接続するこの東芝府中のレールで試運転をすることもできる。ただし電源は交流電気である。



台鐵E520+E519?(北府中)(i)

9月にE517・E518がセットで川崎貨物へ甲種輸送されており、手前がE520であることから、奥はE519と推察される。
窓周りを黒で締めた前面と、ただただのっぺりしている側面のギャップが面白い。

E500型に関してはやはり遠くて、この粗い画像が精一杯。これにて切り上げとした。
期せずして、連続して「府中」での撮影となったな。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

2023/10/14

23.10.14 さぬき鉄2023・4/仏生山

仏生山駅観察のラスト。


カラフル仏生山

駅にも変化が起きている。


(仏生山)

4年前は小さなロータリーになっていた駅舎前のスペースは、駐輪場に変身した。
5年前に西口が開設され、広さも多少余裕のあるロータリーが設置されたためと思われる。つまり4年前当時はロータリーは併存していたのだ。


1080形(仏生山)

高松築港から1081Fが戻ってきた。
復刻ファンタンゴレッドの編成も撮りたいのだが、今のところ現れていない。





600形+1200形(仏生山)

601Fが動いた。左に隠れていた1215Fを後ろにつないだようだ。


600形+1200形(仏生山)

1番のりばから観察。600形同士で組んで欲しかったなぁ。
120号同様、600形のうち琴平線と長尾線の600形はドアにステップが付いている。続く1200形との車体幅の違いは見ての通り。
志度線の600形は車両限界が狭い路線のためステップは付いていない。


600形+1200形(仏生山)

ことちゃんの座席定員告知ステッカー。


600形+1200形(仏生山)

志度線に続いて長尾線も今年3月からワンマン運行が開始された。
ワンマン表示を方向幕に収めた志度線と異なり、長尾線600形はステッカー表示。英語ではOne Manとは書かないんだな。
先ほどのリンクの記事のとおり、志度線は平日の朝1往復だけ800台をつないだツーマンの3両編成運行が残っており、ステッカーで「ワンマン」を常時表示することができない。




600形・1080形(仏生山)

お待ちかねの復刻ファンタンゴ塗装・1087Fが現れた。琴平から来たんだろう。
これは1080形が琴電に来た当時の全線の標準塗装で、現在の志度線(サーモンピンクとフレッシュホワイト)とは異なる。
23号の最後の塗装やデカ1はこのファンタンゴレッドとオパールホワイト(120号の上半分と同じ)なのだ。

レッドの呼び方は、往時は「ファンタゴン」という誤った覚え方が広まっていたが、ことでんの公式SNS上ではこの塗装の復活の際は正しい「ファンタンゴ」で通している。
(ただし23号が茶色から赤になったときの公式サイトでは…


600形+1200形(仏生山)

エメラルドグリーンとフレッシュホワイトの長尾線車両が本線へ出てきた。


600形+1200形(仏生山)

前の記事の1103F同様、黄色の600形と並んだあとスイッチバックで上り本線へ。
左右の障害物が気になり、連写せず1枚だけで止めてしまったのが惜しかった。


600形+1200形(仏生山)

1200形のワンマン表示は京急時代に運行番号が出ていた部分を使用。
三木町HMは前後でデザインが異なるようだ。




600形+1200形(仏生山)

異種連結の4両編成は長尾線に還ります。
長尾線の営業列車は2連のみなので、緑の4両編成はこの仏生山の回送列車のみでの姿。




1200形・600形(仏生山)

琴平線はコーンイエローとフレッシュホワイト。




1080形・1100形・1200形(仏生山)

3番のりばの隣の線に移っていた1091Fがまた築港方に引上げ、スイッチバックで入った先は、私が来たときに居た元の線路。
ただし1103Fが奥に入ったので、手前にとどまった。めんどくさい入換をやってますな。


600形(仏生山)

仲間たちに抜け駆けされた613F。彼の本来の定位置は瓦町のお庭だ。




1200形(仏生山)

さっきの長尾線回送も1枚目ぐらいの感じで撮りたかったな。
1203Fは先ほど長尾線回送と並んだ編成。2つ先の一宮で折り返してきたが、たった9分しか経っていない。一宮では死ぬほど素早く折り返すので、乗務員もバタバタする姿が見られる。



1200形(仏生山)

こんぴらさんが2番のりばに再登場。
先ほどは例の一宮止まりだったので、そこからすぐ戻ってきて、築港から再度ここに来た。
私もそれだけダラダラここに居るのだ。



1100形(仏生山)

1101Fは本日初遭遇。
京王での中間車(デハ)に運転台を取り付けたタイプだ。




1080形・600形(仏生山)

ファンタンゴレッドが築港から戻ってきた。3色並びは楽しいな。
1087Fのこの塗装は、ことでんの前身の東讃電軌が今橋—志度間を開業してから111周年の記念企画として昨年9月に施された。
1年が経過していい感じにくたびれてきて、リアル感が増したと言えよう。

この編成の到着を以て、仏生山駅観察終了。
今回の旅の記事もこれでおしまい。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)