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2019/03/09

19.3.9 東葛鉄・1

昨年後半より月イチ程度のペースで、整体のために柏へ通っている
春も近づき、暖かさとともに花粉も舞い散るこの3月9日もその用事。

自宅からメトロ東西線、武蔵野線、常磐線を乗り継いで向かう。
当初の2度ほどの復路は気分転換で東武アーバンパークラインに乗ったりもしたが、時間・運賃も余計にかかる(柏—西船橋:IC利用でJRのみ388円、アーパー経由441円)のもあって、往路と同じ武蔵野線経由で帰るのが常になった。

これまではデジカメを持っていかなかったが(冒頭のリンク記事はiPhone撮影)、電車に長く乗っているとやはり撮影欲が出るシーンにいろいろ出くわす。
この日は初めてデジカメをカバンに入れた。


続行特急

通ううち「土曜の11時」というのが私の予約の定番となった。
1月だったか、往路で柏で下りたときに快速線の列車予告表示が目に入った。
 特急ときわ 68 号 10:47
 特急踊り子131号 10:50
へぇ、3分続行で特急が来るんだ。そういえば常磐線を走る「踊り子」は撮ってないなぁ。
…ということで、今回のカメラ持参はまずは「踊り子」の記録がきっかけ。
車両は「踊り子」系統基本の185系だ。

常磐線を走るのは土曜の我孫子発伊豆急下田行131号と日曜の伊豆急下田発我孫子行132号。
上野東京ラインの開業とともに設定された臨時列車で、常磐線沿線の人が伊豆で一泊して帰ってくるためのダイヤになっている。
祝日による三連休の場合、1・2日目に131号、2・3日目に132号が設定される。

常磐緩行を下り、いつもはすぐ改札へ向かうところ、今回は岩沼方のホーム端へ向かう。
快速ホームの端には数人の撮影者。
うーむ。光線的には側面に日が当たるこっちのホームからのアングルがいいのだが。
きっと理由があるんだろうが、もはやそっちへ移動して加わる気もない。
なぜなら「ときわ68号」が迫っているから。




E657系特急「ときわ」(柏)

15両対応の快速ホームに対し、こちらは10両対応でホームが短い。
仙台方はゴチャゴチャしていて、跨線橋の影も入ったりとなかなか撮りづらいアングルだ。
そもそも撮影のためだけに出かけるのなら当駅で撮ることはない。今回はあくまで出かけたついでの撮影。



E657系特急「ときわ」(柏)

「水戸の梅」という図柄と、コラボらしいマンガだかアニメだかのキャラクターのカットが貼られたK6編成。
ちょうど偕楽園臨時駅が営業している梅の見頃の時期だ。この編成だけなのか、いますべてのE657系がそうなのかは知らない。
こないだのNHKの番組で、偕楽園駅はホームが偕楽園に面した下り線だけの設置であることを初めて知った。
上下線対応とすると、島式にしても対向式にしても跨線橋や構内踏切を設置した場合のいろんな効率が悪いからと思われる。
今年は2月16日〜3月31日の土日祝日の日中の営業となっており、特急も停車する。

ほどなくして背後から我孫子行下り緩行が到着。
さらにほどなくして185系「踊り子131号」が…。


185系特急「踊り子」(柏)

結局これ以上手前に迫ったアングルは出発した緩行に被られて撮れなかった。ロングズームでユラユラ。
こっちに撮影者がこないわけだ。


185系特急「踊り子」(柏)

車体の斜線とケーブルの影が同じ角度で入った。
思えば、常磐線と東海道線の品川より先を直通する「定期的な」列車はこの「踊り子131・132号」くらいだな。
常磐線列車が品川以遠に入らないのは、E231系0番台ではグリーン車が無いし、グリーン車があるE531系を直通させるとなると、高価な交直両用車をもっとたくさん用意しなければいけなくなるからだ。




185系特急「踊り子」(柏)

「踊り子」の185系はE257系に置き換えられると言われている。
7日にはその元・中央特急用E257系9連が長野から新塗装で大宮に配給された。
正面は黒を下へ拡大し、マリンブルーともいえる青帯が濃淡2本入った。側面は窓回りを黒くして端にロゴを入れただけのシンプルなものになった。
「あずさ」「かいじ」から撤退したE257系は団臨での活躍が始まっていて、今回の新塗装車の地味さはその団臨向けにも感じる。
JRは来週ダイヤ改正となるが、さすがにそこでE257系に置き換わるとは考えづらく、まだしばらくは185系の特急姿を見ることはできると思われる。


平成の終わりと昭和の終わり

整体を終え、柏から新松戸に移動。
以前、私の前の時間の客が遅刻して私のかかる時間も押してしまった日があった。
その日、13時前に武蔵野線の船橋法典でPF牽引の貨物列車とすれ違ったのだ(地元なのに貨物列車のダイヤはうろ憶え)。
まだ12時を回るところのため、新松戸で常磐緩行の列車を撮って時間をつなぐ。


E231系(新松戸)

と言いつつ、最初に現れた快速E231系を撮ったり。



小田急4000形(新松戸)

緩行で最初に来たのは小田急車。デジカメで常磐線内の小田急を撮るのは初めて。
フルカラーLEDがガン切れなのが切ない。



小田急4000形(新松戸)

停車中にSモードで撮ってもLEDは切れたので、Aモードに変えたら、…あら、写るじゃないですか。
連写でも大丈夫だった。逆光で空が飛びまくってるけどね。


E233系2000番台(新松戸)

順光でのAモードも後追いでテスト。基本構造が4000形と同じいとこのE233系2000番台も切れずに撮れた。





メトロ16000系(新松戸)

16000系もクッキリハッキリ。一番いいところで「千代田線直通」になっちゃったのが惜しい。
車両は92F(16132F)。黄帯が加わったタイプは57F(16117F)以降の仕様。 

この常磐線内で「成城学園前」や「向ヶ丘遊園」の表示が日常で出ているのが、以前の常磐線を知っている身からすれば面白い。この行先が千代田線系統で登場したのはJR・小田急車両の三社直通が始まった3年前からだ。
そもそも向ヶ丘遊園という施設自体17年前になくなっているのだが、たまたま折返しの駅がその名前を使い続けているために、3年前から千葉や茨城でこのなくなった遊園地名を表示した列車が走りはじめたという、なんだか変な話。

私は高校への通学ルートがまさに東西線〜武蔵野線〜常磐緩行だった。
当時は快速線を485系・401/403/415系・103系が闊歩し、651系が登場した頃であった。
(右フレームのラベル「常磐・我孫子線」を選んで古い記事に遡っていくと、「なつかし写真」記事を中心に当時の写真があちこちに出てきます)





EH500+貨車(新松戸)

EH500の貨物列車はいまさら初撮影。
2枚目のアングルとほぼ同じのがあったので、なつかし写真を1枚再掲。


415系(新松戸・1988.12.4)(再掲)

架線柱は今も変わっていないのがわかる。いっぽう背後の街は右側の建物が変わっているようだ。
30年3ヶ月前…ですか。へぇ〜。当時私は中2だ。この1ヶ月後・1月7日に昭和が終わる。
車両は415系のモハユニットを非冷房クハ401で挟んだ4連。前に他の編成が付いている。


EH210+貨車(新松戸)

EH500の列車通過後、今度は武蔵野線を西船橋方面へ進むEF210牽引の貨物登場。


(新松戸)

ホーム端の先の線路間にキタテハを発見。もちろん種類はネットで調べた。
当ブログでは撮影時に撮ったチョウが数匹。
なおキタテハの下にある水玉模様はゴミとして埋もれたビニール製の何かと思われる。




メトロ16000系(新松戸)

43F(16103F)は初期車で非常扉が中央にある。このタイプは運転台からの右方の視界がイマイチと評判が悪く5編成で打ち止め。
帯も黄帯が入っておらず、黄帯ありタイプに比べると色あせ感が強い。実際黄帯ありタイプより前に造られているから色もあせているわけだが。
高校通学時からの変化として、常磐緩行・武蔵野線とも日中12分ヘッドから10分ヘッドに変わったことが上げられる。
高2のときに6連→8連化が始まった武蔵野線はともかく、常磐緩行の12分ヘッドは当時でも足りてないようにも感じた。
武蔵野線もそろそろ10両にしてもいいように思えるな。私が乗る機会がない区間はわからないが、京葉線内では結構ネックになっている。



メトロ16000系(新松戸)

なんだか黄帯がない編成はLEDの写りも薄いな。
56F(16116F)は非常扉オフセットで黄帯がないタイプのラスト編成。
16000系は第01〜19編成が+40した編成番号、第20編成以降は+60した編成番号が振られている。

これにて常磐緩行の撮影は終了。武蔵野線へ移る。(つづく)

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

2018/10/20

18.10.20 時間つぶし(スマホ)

この日は柏で13:15から整体の予約をしてある。

朝イチで別の用事があってメトロ東西線で行徳に出かけたが、用事は予想外にあっさりと済んでしまった。
自宅に戻ってまた出かけるのも面倒なので、東西線、JR武蔵野線・常磐緩行線をのりつぎ、柏を通り越して我孫子にやって来た。
今回はカメラは持っていないので、写真はiPhoneでの撮影だ。


転換期

常磐緩行線〜メトロ千代田線〜小田急線の直通系統は近年動きが続いている。
おととし3月よりJR・小田急の車両が双方の路線にまで乗り入れるようになり、今年3月には小田急小田原線の代々木上原—登戸間の複々線化が完了し、この系統の小田急乗り入れ列車が増えた。


E233系2000番台(我孫子)(i)

新松戸から乗ってきたのはマト17。
7番線に到着し、そのまま回送で車庫入りとのこと。iPhoneではLEDが写らない。
常磐緩行のJR車は先週209系1000番台が引退し、このE233系2000番台のみとなった。

■先週のはなし■
実は先週、209系のさよなら運転…の余韻が残る場面に私は出くわしていた。
本日と同じく柏へ向かうために新松戸で武蔵野線から常磐緩行ホームに下り、空いてる車両を欲して階段から遠い最後尾車両を目指したら、カメラを持ったお子様(精神年齢も含め)率の高い人々がホーム端から引き上げてくる。
すぐそばには駅員が数人集まっている…手にはたたみ終わる直前の横断幕。…あぁ、引退が報じられていた209系が来てたんだな。お子様(精神年齢も含め)たちは葬式参列者か…とわかった。
駅すぱあとで整体の時間に合わせて調べた便より1本早い武蔵野線に乗ってきたが…なんだか失敗した気分だった。予定通りであれば気にも留めずに済んだし、さらにもう1本早ければiPhoneでだがドタ参列できた。まさに後の祭りというやつだ。

新松戸を出た我孫子行の最後尾車両に乗ってるのは、私以外は追っかけのお子様(精神年齢も含め)率の高い参列者たち。
柏到着直前、乗務員室で嫌な警報音が聞こえ、その後急停車自動アナウンスで停止。お子様たちは一生懸命ドア上ディスプレイの急停車画面を動画で撮っていた。一人が始めるとみんな同じことをやる。
線路内に人が立ち入ったため列車がすべて停まったとの車掌の放送が流れる。どうせ撮り鉄でしょ。葬式のときはいつもこれが起きる。そんなうんざりが、ここで何度も「お子様(精神年齢も含め)率の高い」と書いてる理由だ。
幸い抑止は数分で済んだ。
■先週のはなし・おわり■

209系1000番台はなんと中央快速に回るという。すでに大宮でオレンジ単色帯に貼り替えられた姿がネットに上がっている。
中央快速線ではグリーン車を組み込み12両編成化する計画が控えており、その間の編成数のカバーのために抜擢された。
中野—三鷹間では東西線直通用E231系800番台との似た者コラボが見られるわけか。


メトロ1600系(我孫子)(i)

こちらはメトロ16000系97F(第37編成)。
普段こちらの路線に来ない私(整体は先週から)にとっては16000系の37本目の編成だとか、成城学園前行だとか、もう浦島現象である。
調べたら、これが最新・そして最終増備編成だった。新製からはすでに1年経過したようだ。
16000系の所定数が出揃い、2本残っている6000系は特別運用だけに就くようになりついにラストランが近づいている。06系はとうのむかしに消えており、もうすぐ千代田線(本線)のメトロ車は16000系で統一される。

そして行先。小田急複々線化後は伊勢原行とか向ヶ丘遊園行ができているのは知っていたが、成城学園前とは。
ホームのLED発車予告には6番線に成城学園前が2本、7番線に向ヶ丘遊園行が1本表示されていて、我孫子感がまったくなくなっている。
小田急4000形も来るようになったし、快速線も品川行が走ってるし、常磐線も変わったなぁ。
16000系のLEDはiPhoneでも写ってくれた。

我孫子に来たのは『弥生軒』のからあげを食うため。ちょうど朝飯がまだだし、10時台なら空いてるかなと考えたのだ。1・2番ホームの店に入り、からあげ2個入りのうどんを喰らう。
からあげはボリュームに対してのコスパだけが魅力というレベルだったな。あと、うどんは及第点に至らない。過去に食った記憶があるが、もうちょっとウマかったような…。舌が肥えたのかな?


回避結果オーライ

からあげうどんを食い終わって10時半。
あと2時間45分ほどどうしようか考えた結果、友部まで出て水戸線の車両を記録することを思いつき普電に乗り込んだ。
E501系は上野口で見たり乗ったりしたことはあるが撮れていない。それに当たればと思ったが、調べたら、予定の時間に柏に戻るには友部に長居できずとんぼ返りになる。その上で、その友部と岩間の間で線路点検があった影響で普電が遅れている。電車賃もかかるので回避。

なお記事を書くにあたり調べたところ、E501系は水戸線内での交直切替時に故障が相次いだため8月から水戸線に顔を出さなくなっており、その分E531系との持ち替えで9月から富岡まで顔を出すようになったそうだ。
富岡は起点の日暮里から線路一続きで進める現在の北限である。富岡—浪江は1年半後の2020年3月に開業予定で、これにより震災後9年かけてようやく常磐線が全通することになる。

ともあれ、友部に行ってもE501系には会えなかったわけだ。
水戸線で走っていたのはE501系の5連口であるが、10連口は1本だけ夜に土浦に顔を出し、滞泊して早朝にいわきへ向かう運用があるようだ。ほかはすべて水戸以遠であり、この時間に土浦に達してもやはり会うことはなかった。(つづく)

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

2014/09/20

14.9.14 グリーンの05

一旦アップしたこの記事が消えてしまった。
下書き中の記事がまるまる消えてしまうエラーには何度か遭遇したが、今回のは初めて。
Bloggerさんたのんますよ! ホントに。

…ということで、思い出しながら改めて記事を立てる。
消えた方に書いた文面は残っていないので、新たな気持ちで一から書くことにする。
おそらく、記事タイトルは一緒だと思う。


再会

新京成撮影を終えた松戸で常磐線緩行へのりかえ。上り列車で綾瀬へ出た。
私が地元・東西線でさんざん乗ってきたメトロ05系初期車の一部が、東西線から千代田線北綾瀬支線へ働き場を変えて復活したのだ。



05系ワンマン車(綾瀬)

切り欠きホーム0番線には、その05系が早速停まっていた。元東西線06F改造の65F。
05系ワンマン車は元東西線01F・同03F・同06F・同13Fの4編成が整備され、10連だった編成は3連に短縮。残り7両の中間車は深川検車区行徳分室で解体されている。4編成が集められた風景と解体された中間車の亡骸はこちらの記事で。
北綾瀬支線用05系は東西線の14F・18Fと同じB修を受けており、ワンマン運転・ホームドア対応の装備の追加も行われている。
行先表示器いっぱいの「ワンマン」表示は威圧感たっぷりだ。




05系ワンマン車・6000系(綾瀬)

車庫側から出てきた当駅始発の本線用6000系田窓車が並ぶ。
いままではこの0番線の老いぼれた先輩を冷やかしていた6000系だが、こんどは「若手」がやってきたわけだ。



小田急4000形(綾瀬)

田窓を追いかけ一旦本線側へ移動。中線にはこれも当駅始発の小田急車が先に居座っていた。





6000系(綾瀬)

6108Fは冷改やLED表示器化が行われているものの、田窓や異様に天地が長い乗務員室扉など6000系初期車の特徴を残している。

0番線を振り返るとすでに05系はいなくなっていた…が、すぐに接近放送が流れる。どうも以前とは様子が違うようだ。




05系ワンマン車(綾瀬)

現れたのは05系66F。元東西線13Fだ。壁の時刻表に目をやれば、かつて20分ヘッドだったこの北綾瀬支線は10分ヘッドになっていた。…なるほど、2編成が駅間で交換するケーブルカー方式で走ってるわけか。

05系ワンマン車は4月28日より営業運転が始まり、ここのヌシであった6000系ハイフン車1本・5000系アルミ車2本は移行期間を経てすべて引退している。
北綾瀬駅を10両対応にして本線列車が営業運転のまま入れるようにする計画が発表されていることもあり、これまで3編成だったこの支線用車両に05系が4本用意された意味がわからなかったが、これで納得がいった。
ここに来るまで調べもしていなかったというのが正直なところでもあるが。
なお北綾瀬駅10両対応化後も、10両運転はラッシュ時や出入庫列車のみに限られるだろう。




05系ワンマン車(綾瀬)

正面顔ばかり撮ってもアレなので、近づいてみる。帯色は16000系に準じており、ホームドアにかからない側面幕板部分にも帯が入れられている。
パンタグラフはシングルアーム化された東西線のB修車とは異なり、従来型が継続使用されている。





05系ワンマン車(綾瀬)

内装も16000系に準じている。LCDやLED照明も用いられている。でも、広告用と2枚装備のLCD、必要かぁ?
丸ノ内線の方南町支線用02系は本線用02系より格を落とした安上がり仕様にされているが、この05系は贅沢そのものだ。


05系ワンマン車(綾瀬)

北綾瀬行はホームを出るとすぐ左の線路へ転線する。





05系ワンマン車(綾瀬)

綾瀬行は右側の線路を進んでくる。


05系ワンマン車・6000系(綾瀬)

再び、車庫側から登場の当駅始発6000系と並ぶ。




05系ワンマン車・E233系2000番台ほか(綾瀬)

常磐快速線E231系、E657系、E233系2000番台と、様々な車両が横を駆け抜ける。




05系ワンマン車(綾瀬)

65Fが出て行くと、また66Fが帰ってくる。これの繰り返し。

次の当駅始発本線列車で北千住へ移動した。 小田急4000形で、来るのがわかってれば05系と並んだところを撮ったんだが。
4000形の座席は独特な座り心地で、ちょっとびっくりした。過去にも乗ったことはあるはずだが。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)