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2024/06/23

進捗報告 & 貨物列車なつかし写真

現在当ブログで、画像が表示されず白黒の⚠️や⛔️が付いたものが並ぶ記事がある。
長らくやっていると記事作成時の画像の貼り方に変遷があり(何しろもうすぐ開設15年を迎える)、今年4月に入ってから、その変遷の境目の1つより古い記事の画像が全て表示されなくなった。

具体的には、「16.8.20 なつやすみの総武本線」以降の記事は原状を保っており、それより前の記事の画像が消えた。

Googleアルバム上ではデータはありそうだがプレビューができない状態になっていた。
それであれば、改めて貼っていくか、と積極的かつ地道に作業(プレビューできない写真を改めてアルバムにアップして、そのプレビューできないほうは削除していく)を進めていった。


急がば回れ

ところが5月4日に、見えなくなっていた画像の表示が復活していることに気づいた。
実は「いつかしれっと復活するんちゃうん?」と思いながら日々作業前にチェックしていたのだが、ほんとにしれっと戻りやがった。

ということで、いま表示されてない写真は「アルバム上の画像データを更新しちゃったが、まだ記事へ貼り直す作業が済んでない写真」である。
アルバム上でプレビューができないまま未更新だった分が「しれっとプレビューが戻った」のだ。
『急がば回れ』を地でいってるな。

なお当記事アップの時点で、記事への画像貼り直しは2009年7月(開設時)〜2010年12月分と、2015年1月〜2016年7月分までが済んでいる。 あと4年分か…。


余計な手出し

画像を貼り直していると、「これ、色を直したいな」ってものがあって、ついでにレタッチして貼り直しているものがある。
そもそも前から黄色くて気になっていたのが2013年8月の近鉄名古屋駅※や鶴舞線の写真。「しれっと復活」の分だが、今回思い出して直してある。撮影時のカメラの設定がおかしくなっていたのだ。
※近鉄名古屋については、それでも黄色っぽいものがあるが…。これ以上いじるのが難しい。

他にも、これを直したら、次あれも気になるなぁ…とズルズル。やってるとキリがないのでいい加減で止めておいた。

なつかし写真(当ブログでは私が10代の頃フィルムカメラで撮った分)では原画が悪くてどうにもならないものもあったりしたが、別の発見もあった。
色を直したけど、そもそも載せた記事がない分が見つかったのだ。

…それが今回の「貨物列車」。
機関車単体の写真を集めた記事はある。
特定路線の記事に含めてアップ済の貨物列車の写真もあったが、そこからあぶれて寝かせたままだった写真たちが、今回のもの。

彼らにも日を当てましょう。


昭和感の2枚窓

ほとんどがEF65の牽引列車で、貨車も途中で切れてたり、ほぼ写ってないものもある。


EF65 28+貨車(五反田・1989)

EF65 0番台牽引のコンテナ列車。
0番台はEF65の中では「一般型」と呼ばれるが、これは500番台(高速旅客用P型と高速貨物用F型)、1000番台(高速貨客両用PF型)があるためだ。
前面窓回りにクリームが回っていない、他の直流電機と同じ塗色。



EF65 6+貨車(代々木・1990.10.29)

中央快速線を東へ進むワム列車(1枚目の単機は再掲)。
EF65 6は1988(昭和63)年に国鉄清算事業団から購入されてJR貨物で車籍復帰した車両。
当時は飯田橋駅東方のカーブ上から分岐した貨物の飯田町駅(歴史を辿ると中央線の前身・甲武鉄道のターミナル駅)があり、紙を輸送していた。
飯田町駅は5階建ての紙流通センターの2階に線路が2本、建物の両端へ分かれるように入る形であった。建物への線路は非電化で、DE10が引き継いだ。
飯田町駅跡は商業・オフィス複合施設『アイガーデンエア』となっている。


EF65 522+貨車(南浦和・1988)

まぁ何とザックリと撮ったお写真でしょう。
昭和63年・中2の私に貨物のダイヤなんぞ知る由もなく、突然現れた貨物列車にカメラを向けただけ、という感じ。
EF65 522は前面窓上にツララ切りが付いていて、その眉毛みたいな雰囲気から私はこのタイプを「両さん」と呼んでいた。


EF65 518+貨車(大宮・1988)

夜の大宮駅での1枚。中線の10番線に佇むEF65 518牽引の列車。
518号機については、ネット上ではツララ切り付グループに含めているサイトを複数見つけたのだが、ご覧の通り付いていない。
これは前述のアップ済分の西船橋で撮った写真でも同様。付いていたのを取ったのかもしれないし、詳細はわからない。


EF65 536+EF65 5??+貨車(品川・1989)

前のEF65 536は当初0番台の78号機として製造されたが、当時の寝台特急増発対応のためほどなく500番台P型化改造された。77〜84号機が535〜542号機に変身したそうだ。
写真の運用は高速貨物でなければP型でもOKという例かな?
後ろのカマは番号がわからないが、前面の銀帯が見えるのでPFではなく500番台であることは確定。手前のパンタが下りている。


EF65 5??+貨車(市ヶ谷・1989)

飯田町貨物。若い人はここを貨物列車が走っている風景はヘンな感じだろうな。
未だ活躍中のPFに見慣れていると、この前面2枚窓は昭和感が溢れるな。まぁPFもゴリゴリ昭和だけども。カマの番号は不鮮明で不明。


EF65 534+貨車(三郷・1990)

三郷の西船橋方面ホームで遭遇した短いタンカー。
この時代、武蔵野線から京葉線へ抜ける貨物列車はなく、南流山から常磐線へ流れるものと思われる。


EF65 526+貨車(大宮・1990)

両さん526号牽引のタンカー。
500番台ツララ切り付のラストナンバーがこの車両、というのはあちこち見てきたページで共通していた情報。


EF65 536+貨車(大宮・1991)

再登場の536号機。コンテナに雪が載っている。
やっぱりコンテナは黄緑が国鉄っぽくて好きだ。


EF65 1???+貨車(東十条・1989)

EF65 1000番台はPF型。車番はこれまた不鮮明で特定できず。
1056号以降はパンタグラフが下枠交差型で新製されているが、一部それ以前のカマも下枠交差型に交換された例もあるようだ。



EF65 1059+EF65 ??+貨車(品川・1989)

これまた品川での写真。2両目は0番台で手前のパンタが下りている同様のパターンだ。
EF65 1059は1987(昭和62)年にまとったこの試験塗装を変更することなく、2009(平成21)年の廃車まで維持し続けたそうだ。
最近大宮で復刻機(EF65 2060をナンバーも含め改装)がメイキングされてイベントにちょこちょこ登場している。
その相方としてEF65 1065も試験塗装に復刻されている。


EF65 1???+貨車(五反田・1989)

当記事1枚目と同じ、五反田のカーブを行く。こちらはワムが連なる。
背後には東急池上線の7200系が高架ホームに停まっている。


EF65 1062+貨車(大宮・1990)

またまた大宮10番線。
ナンバープレートの色が変わったEF65 1062は、Wikiによれば写真の年に前面と側面の色がてれこにされた。
これは常用減圧促進改造非施工車を示すものだそうだ。


EF81 15+貨車(新松戸・1988.12.4)(d)

さいごの1枚だけEF81。短いが、黄色や銀のものも含めた派手なタンカー編成。
…銀? 聴いたことのあるフレーズ「銀タキ」で調べたら、1987(昭和62)年製造のタキ143645しかない的なことが書いてあるぞ。
そんな貴重な写真だったのか? …は、このカットしかなく確認のしようがないが、私有貨車(この辺もよく理解してない)も含めて銀はこれしかないのなら、間違いないだろう。
武蔵野線へ流れる連絡線は過ぎた位置だが、どこへ向かったんだろうか?
EF81の前面2枚窓はEF65の0・500番台よりも間が離れている。これは前任のEF80に対しても同じ感じで、目つきのどギツさが緩和された感じだ。
EF80については私が撮影を始めたころは既に消えていた。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

2024/03/14

24.3.14 つーかいまごろ・2

東京駅地下の京葉ホームから、長駆中央線ホームを目指す。
京葉線東京駅は直近の『さんま御殿』で「あそこは東京駅ではない」と、他線と離れ過ぎていることが話題になった。
1995(平成7)年、新幹線エリアの拡張に伴い中央線は新設の高々架(第01ホーム)に移った。京葉線ホームからの高低差はなかなかである。

またこの日、もう一つの地下ホームを使う横須賀・総武快速線ではちょっとしたイベントがあった。東京—品川間は線路工事を行うため11時半〜13時の90分間だけ運休になり、横須賀線は品川で、総武快速線は東京での折返しとなるとのこと。京葉線車内で車掌が案内していた。
近場なら西大井なんかでE235系が来てくれれば品川行の横須賀線の顔を撮れる(品川だと到着前に表示が変わっちゃうかも)んだろうが、私は用事があるのでその時間帯は行くことはできなかった。


異端児がいたんです

ちょっと閉塞感のあるエスカレーターで中央線ホームに上がると、E353系。すぐ動き出した。


E233系(東京)

調べると、8:57着の特急「かいじ2号」の回送であった。
追いかけるようにホーム先端へ進む。無論この列車を追いかけるわけではないが。




E233系(東京)

先端に到達する前にE233系トタT39の快速豊田行が入ってきた。
中央線は栄えあるE233系の最初の投入路線で、車両は0番台。
LED表示器は1・2枚目のベタの種別のみ表示と、3枚目の行先込みの交互表示である。行先がネタのときは悩まされるな。




E233系(東京)

ホーム先端に辿り着き、撮影ができることが確認できた。
過去数回このホームに来ているが撮影をしたことはなく、初めてこの先端に来た。ここでしばらく撮る。
編成はトタT28。
メーカーにより差が出るLED表示器のカメラ写り。このしましまタイプは、表示器ネタのときにさらに悩まされる。
シャッタースピード調整すればって? さ〜せん、ウチそういうのやってないんスよ〜。カメラのマニュアル設定変更に疎いもんで。
…前記事の二俣新町では一応LEDの写りを気にしてAモード(絞り優先)で撮っていたが、京葉地下ホームで他に変えたあとそのままになっていた。


E233系(東京)

トタT16。しましま。
E233系0番台は後に続く別路線向けの車両と異なり、前面はカラー帯が端にしかない。
これは次の京浜東北・根岸線向け1000番台で、早くも色が真ん中に来るデザインに変更された。運行番号表示も1000番台から助士側窓下に独立した。


E233系(東京)

トタT28が丸の内口の駅舎を横目に発車。
せっかくの情景も、しましまLEDで台無しというところ。




E233系(東京)

トタT5。LED表示器はキレイに写るタイプ。
1面2線のホームに次々と列車が現れ、数分で次々と折り返していく。せわしないホームだ。
中央快速線E233系は現在2階建グリーン車が続々と製造されており、既存編成へ2両ずつ組み込み貫通10連T編成は12連、4+6の分割可能H編成のうち6連口は8連に増車となる(実際の運用開始時期はモヤっとしている模様)。
グリーン車のドアは乗降時間の間延び対策で初の両開きとなっているが、この東京駅での折返し時間の短さも理由の一つだそうだ。
グリーン車は114両57ユニットの製造と発表されており(当初の58ユニット発表から変更)、既存編成のうちそのグリーン車と隣り合い新6号車となる車両にトイレの設置が行われ、先月までに57編成の工事が終了した。


E2系+E3系(東京)

200系カラーのE2系が北から現れ、生では初見のためつい撮った。そしてE3系もつながってたか…。と、新幹線車両を普段見ていない私はそれ以上何の感想もなかった。
んが、帰宅後見返したときに、あれ? 山形新幹線は知事の要望で銀色から青赤ラインに変わってるはずだよな…と気づいた。
E3系は先月リバイバルカラー化された2000番台のL65編成であることを調べて確認。そして200系カラーのE2系J66編成は何と翌日で運行終了とのこと。
またE2系の併結運用自体も16日のダイヤ改正で廃止のため翌日で終了だそうだ。
架線柱だらけだが、撮っておいてよかった。



E233系(東京)

トタT34。
中央快速線用のE233系は60本あり、トタT40・T71・H49の3本がグリーン車組み込み対応工事の対象外となった。
特にT71に関してはグリーン車計画がある中2020(令和2)年にトイレなしで追加新製された中央快速線でダントツの末っ子編成で、グリーン車組み込み組成が完了したら京葉線のケヨ34の置き替え用に転出する段取りなのでは? と噂されている。




E233系(東京)

高架から高々架へにょきっと上がってきたトタT12は青梅線直通列車。
グリーン車組み込み計画により、中央線大月まで・青梅線青梅までの各駅で12両編成対応工事が進んだ。中でも青梅線東青梅駅が特殊。
同駅はもともと青梅線の複線区間の終端であり、次の青梅までは列車本数が多いものの単線である。
前後を踏切に挟まれた敷地に1面2線の島式ホームがあり、立川方のホーム端は踏切直前。青梅方にホームを伸ばすと単線への収束位置が踏切にかかる。
踏切にポイントを置くことは安全確保上考えられず、その先にもすぐに次の踏切があるなど不都合が多い。
結局立川方の踏切の手前から単線に収束し、駅は1面1線とすることで12両対応のホーム設置が実現した。
これに絡み、青梅駅は留置線1本を潰してのりばが1面2線から2面3線に増強されている。




209系1000番台(東京)

ここまで触れてなかったお目当て登場。209系1000番台。
もとのエメグリは撮ったが、オレンジのこいつはまだ撮ってなかったのだ。最近展開しているカラフルトレインズ記事の影響で再認識したところだった。前記事に続き、いまごろ初記録。
朝、ネットで情報を探したらこの日就いてる運用がすぐ判り、二俣新町で通快を2本撮った後に行っても十分捕まえられることが判明した。


209系1000番台(東京)

「中央線」表示から変わって行先表示でも撮れた。
209系1000番台は1999(平成11)年に常磐緩行線用として用意された地下鉄千代田線直通対応車両。同路線の運用数が増えて在来の203系・207系900番台だけでまかなえなくなり、マト81・82の2本だけ製造された。
後釜のE233系2000番台投入が進んだことで、2018(平成30)年10月13日のマト82でのさよなら運転を最後に同線から姿を消した。



209系1000番台(東京)

常磐緩行でのさよなら運転から10日を過ぎた頃、大宮でこのマト81(現・トタ81)がオレンジ帯になった姿が捕らえられ、驚かされた。
中央快速線のグリーン車組み込み対応改造による編成数不足を補うため、2本とも同線に転用となったのだ。
E233系に合わせ、常磐緩行時代になかった側面幕部にも帯が貼られた。
広幅裾絞り車体のE233系0番台に対し、地下鉄対応でストレート車体の209系1000番台は異端の存在となった。



209系1000番台(東京)

「東京」のドア上LEDと車号を合わせて撮ったが、LED撃沈。現場でプレビュー確認しなかったからな。
車号ステッカーの製造年は十位が欠けている。


209系1000番台(東京)

E233系0番台の白系の壁板と暖色系シートに対し、こちらは無機質に徹底した時代のグレー壁と青シート。たまたま明るい日差しが差し込んでいい感じに見えるが、普段は薄暗い印象の内装だ。
無人で撮れたと思ったが、奥の右のドアから中高年女性が入ってきていた。


209系1000番台(東京)

乗務員室の「81」の札の後ろにはこんな表示。大月行に充当されることはない。
宮ノ平は青梅から1つ奥多摩方へ進んだ駅で留置線が1本あり、青梅駅の留置線と合わせて使われている。営業運転での宮ノ平発着運用はない。



209系1000番台(御茶ノ水)

御茶ノ水まで乗ってお別れ。
この列車で豊田に着くとトタに入庫し、豊田15:39発の東京行に就くまで長い昼寝となる。
トタ81・82は16日のダイヤ改正で消えることはないが、前述のグリーン車対応改造非施工のE233系3本とともに行く末が注目される。
東西線直通用のE231系800番台はいとこ的存在で、2本が並んで走る姿も撮ってみたい。


E231系500番台(御茶ノ水)

用事があるため御茶ノ水からは総武線で西船橋へ出て、帰宅した。
大都市近郊区間内を一筆書きで進んだので、運賃は二俣新町—西船橋間の計算となる。

デジカメでごっつり撮ったのは昨年10月の香川旅以来か。
本当は総武快速のE235系や、八王子でまとめて会える八高・川越線の209系とE231系、横浜線のE233系なんかも撮りたかったが、用事に時間の縛りがあるのでね。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

2023/08/11

23.8.11 ねらえUターン・3(スマホ)

2面3線の萩山駅に到着。
橋上駅舎を通って2番線小平方の端っこへ移動する。


ダブルカーブの駅

萩山駅は小平方が急カーブになっていて、以前も撮ったことがある
2000系2連口のEL感を感じたのもリンク先の通り、この駅この場所で撮ったときだった。




2000系(萩山)(i)

小平駅からUターンしてきた2031F。
きょうは東西線と合わせ、折返し駅が近い位置で効率よく撮っている感じだ。



2000系(萩山)(i)

最後の1枚でようやくLEDがクッキリ撮れた。

最近気になる動きがあった。8月7日に池袋線の新2000系2077F8連が横瀬へ回送され、その後2両を抜いた6連に組まれたそうだ。
2031Fが戦力から外れる可能性もあるので、要注目だ。




9000系(萩山)(i)

多摩湖線国分寺方もまたカーブアングルなのが楽しい。
きょうは夏休み需要対応で、多摩湖線は全線通し便が基本。通常時2本に1本入る萩山返しは一部の列車のみとなっている。



9000系(萩山)(i)

国分寺行はしばらく停まったあと、2番のりばをかすめて国分寺口へ入っていく。
冒頭のリンク記事の12年前のときは、西武遊園地(現・多摩湖)口は小平との往復便で、国分寺口とは分断されていた。


新2000系(萩山)(i)

新2000系6連ではさいごの菱形パンタ編成・2053F登場。
先月の小川詣ででは国分寺線を走っていた。





40000系(萩山)(i)

40004Fの拝島行。

さて、次の多摩湖線国分寺行で帰路に就くとしますか。きょうは6000系と20000系の紺帯系列には会わなかったな。




9000系(萩山)(i)

2031F撮影後も当駅にとどまっていたのはこの赤編成のため。西武線アプリでチェックしていた。
紺編成はきょうはお休みのようだ。


9000系(萩山)(i)

当駅では多摩湖線上下列車の交換も行っている。
前の便で国分寺行がなかなか出ないのを確認しているので、赤編成が着いたあとも慌てず歩いてもこの列車に乗れた。


本町信号場跡(国分寺—一橋学園の車内より)(i)

先頭かぶりつき位置が空いていたので、文字通りかぶりつきながら国分寺へ。
一橋学園駅の先には交換設備である本町信号場の跡があり、架線柱や敷地が複線分になっているのがわかる。
こちらの記事で、同信号場やきょう訪れた駅でのなつかし写真が見られるので、ご参照を。


ふたたび国分寺

国分寺に到着。


9000系(国分寺)(i)

幕回しが始まった。定番の「西武遊園地」を記録。
現在の「多摩湖」に改称されても旧駅名コマは残っているのだ。LED表示機にはこういう楽しみがない。


2000系+新2000系(国分寺)(i)

中央線ホームに移ると、また2409F+2531Fに会えた。


E233系(国分寺)(i)

ところが追いかけるように快速が入線し、特急通過待ちだと。



E353系特急「かいじ」(国分寺)(i)

2階建てグリーン車導入&快速12連化に備え、ホームが延伸されている。



2000系+新2000系/E233系(国分寺)(i)

通過待ちを終え快速が出てようやく西武を撮れると思ったら、標識に邪魔をされ「まあまあ棒(@ドラえもん)」状態。



2000系+新2000系(国分寺)(i)

ズームを使わず近いところに行ったらまあまあ棒をかわせた。
2枚目は元の位置に戻って動き始めたところで撮影。これにておしまい。

帰りも中央特快で三鷹へ出て、そこから東西線直通列車で原木中山まで各駅停車といういばらの道を選んだ。
車両は05系で、往路のJR車よりはやさしいシートだった。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)