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2012/05/16

12.5.5 ハマ線

保土ヶ谷から横浜を経て東神奈川へ。なかなか近づくことのない横浜線に乗ってみる。最近では草野球をしに中山へ出るのに何度か乗った程度。
205系が活躍しているが、こないだ行ってきた埼京線同様E233系への置き換え計画が発表された。


緑の路線

橋本行各駅停車の先頭に乗る。東神奈川駅近くの電留線に205系が並ぶ姿が見える。その奥には京急の車庫も並んでいる。こうして他社の車庫が並ぶ風景はちょくちょく見られる。
横浜線の新性能化は旧型国電からウグイスの103系への置き換えで行われた。その103系の活躍は意外と短い間で、205系の大量投入であっさりと姿を消した。
103系は私が列車の写真を撮り始めたころは現役で、東海道線の車窓からこの東神奈川の車庫で休む編成を見た記憶が鮮明に残っている。7連の真ん中のサハだけ非冷房車というヘンな編成があったからだ。
転属がらみでスカイブルーの車両が多く走ったこともあり、片乗り入れ先の京浜東北線内での区別のために「横浜線」と大書きされた中央線の特快風HMをつけていたのも印象的。そんな姿を眺めていながら撮っていなかったのは勿体なかった。

そんなことを思いながら、ひとつ目の大口で降りる。



205系(大口)

恒例の「乗ってきた列車」の後追い。ご覧のように線路敷は野趣あふれる状態になっている。線路をまたぐ高架は高速道路ではなく、鶴見から分かれてきた横浜羽沢への東海道貨物線。鶴見から羽沢まではほとんどトンネルだが、この辺りだけ高架になっている。防音壁というより、天井もあるシェルターで覆われている。札幌の市営地下鉄の高架区間のようなものだ。


駅長(大口)

上り列車接近の放送が流れるが、大口を開けパンらしきものをくわえた駅長はじっとレールの上に立つ。




205系(大口)

カラスは逃げ、東神奈川行が到着。「横浜線」といえど、正式区間には横浜駅は含まれていない。


205系(大口)

次の列車で移動することに。やって来たのは京浜東北線から転入したクラH26編成。

先頭かぶりつきでどんどん進む。線路敷は常に緑豊か。ラインカラーそのままだ。思いの外のどかな風景が続く中、町田に到着。
快速に接続するというのでのりかえ、相模線車両に会える橋本で降りた。


205系(橋本)

乗ってきた快速。根岸線桜木町始発で、根岸線・京浜東北線を1駅間ずつ進んで横浜線に入る。車内は混んでいたが、乗務員室も運転士以外に3人の社員が乗って暑苦しそうだった。



205系500番台(橋本)

デジカメでは初撮影の205系500番台。光線条件が悪い。
思えば、新製時に品川で4+4の8連での試運転に遭遇したのが最初だったが、以降大回り旅を敢行したときに1度乗っただけ。ナマで姿を見たのも数度しかないと思う。



205系(橋本)

相模線運用に特化した500番台。まるで私鉄っぽい(例えば東武20000系)顔を最初に見たときは驚かされた。新製時からのスカートやJRロゴが東日本カラーなのも特徴。置き換えの具体的な発表はなく、しばらくは安泰か?

橋本から再びクラH26の八王子行のお世話になり、終点・八王子のひとつ手前・高架駅の片倉で降りる。これまで走ってきた横浜線とはちがい、武蔵野線っぽい風景の駅。



205系(片倉)

町田―橋本間で快速として乗ったクラH8。2両目が6ドア車・サハ204で、205系が一旦製造終了となった後に横浜線8連化用に造られた100番台。ドア窓はガラスまわりがくぼんだ209系タイプが用いられている。横浜線用205系28本のうち、クラH1~H26編成までが100番台、H27編成は山手線から転用の0番台が入り、H28編成は2009(平成21)年の武蔵野線からの転属編成であり唯一6ドア車非連結。



205系(片倉)

横浜線205系は正面サインがLED化されているのに対し、側面は方向幕のままになっているのが特徴。この横浜線205系の方向幕は根岸線内での誤乗防止対策から試行錯誤が繰り返され、現在はこんな形での表示になっている。



205系(片倉)

「4」の停止目標は相模線の八王子直通運用対策。ここでの相模線205系も撮りたいところだが、19時台までないので諦める。



205系(片倉)

八王子に「ホリデー快速河口湖2号」が17:35着とのことなので、それに間に合うようにこの列車に乗った。ハマ線はまた改めて撮りに来るかな。(つづく)

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

2010/10/07

横浜線…というかほぼ根岸線山手駅 なつかし写真

今回は横浜線のなつかし写真…なのだが、線内での写真は1枚だけで、他は根岸線山手駅でのものしかない。


正しくは、横浜は通りません

横浜線は東海道線の東神奈川と中央線の八王子を結ぶ路線で、南武線同様多摩地区・神奈川北東部の都市間連絡を担う。イメージ的には北西・南東方向に斜めに走る感じがあるが、東神奈川—橋本間は東西の軸に近い角度になっていて、茅ヶ崎—橋本間の相模線がほぼ南北に結んでいる形だ。
水戸線・奈良線同様、路線名の横浜は線外の駅名になっているが、多くの列車が京浜東北・根岸線に直通して横浜へ達している。


205系・相模線キハ35系(橋本・1991)

冒頭に書いたとおり、横浜線内での写真はこの1枚のみ。相模線を撮りに来たときのもので、横浜線そのものを撮りに行ったことがないのだ。相模線についてはこちらを。
横浜線205系は1988(昭和63)年に導入。山手線、京阪神緩行に続く3番目の205系投入路線だ。
1979(昭和54)年までに旧国72系を全廃して103系に統一。ラインカラーはウグイス色になったが、スカイブルーの京浜東北線との共用車や転入車が多く、乗り入れ先での誤乗防止のために中央線の特快と同じような「横浜線」という大きなHMを付けていた。
205系は導入から半年で103系すべてを追いやり、完全新性能化から10年で205系に統一となった。



横浜線205系(山手・1990)

ここからは根岸線山手駅での写真。同じ日の京浜東北・根岸線103・205系の写真はこちらで。
1988年から横浜線は線内快速の運行が始まり、205系は運転台上に種別幕を新設して登場。大船行に関しては快速表示を隠してもいいはずだが。

この当時の205系の写真で気になるのは正面のJRマークの左上・ガラスの下に白い何かが付いていること。スキャンしていてゴミかと思って消していたら、ほとんどの写真で確認できるので再スキャンするはめになった。



横浜線205系(山手・1990)

横浜線は東神奈川から京浜東北線、横浜からそのまま根岸線に入って大船まで片乗り入れしている。一時期は大船から横須賀線へ入って逗子へ行くものもあったが、湘南新宿ラインの拡充で消えた。
各駅停車に関しては種別幕に「横浜線」を表示。未だスカイブルーの103系中心だった京浜東北・根岸線とは一般客でも簡単に判別できたと思うのだが…



横浜線205系(山手・1990)

八王子方面行に関しては「横浜線 八王子」という幕が後から加えられた。誤乗防止策で、側面方向幕に2段で表記することになり、正面も連動して同スタイルになった。この時点で、種別幕の「横浜線」表示は意味がないものになってしまった。また、正面・側面とも英字なしとなった。
のち、ラインカラーの黄緑ベースの英字付き幕への交換を経て、現在は正面のみLED表示という不思議な仕様になっている。

なおこの写真は例の白いモノが窓下に付いていない。この記事の205系はこの写真以外すべて東神奈川・大船方先頭車を撮っている。八王子方先頭車にはなかったのかな?



EF65 98+貨車(山手・1990)

根岸線といえば忘れちゃいけないのが貨物列車。EF65 98はネットで画像を探すと、のちに黒Hゴムになっていたようだ。


EF65 98+貨車(山手・1990)

こちらは「両さんマユ毛」ツララ切りをつけたEF65 520が牽引。なんとこの520号は引退後「碓氷峠鉄道文化むら」で展示されているとのこと。こういう写真は貴重だな。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

2010/10/02

相模線 なつかし写真

当ブログには右フレームにある101系の写真から入れる「アルバム」がある。
記事に載せた画像が自動的に入る場所であり、またアルバムへ直接画像を入れることもできる。

覗いている方はあんまりいないようだが、このアルバムは路線や会社ごとに画像をまとめている。その中で、最近まで1枚だけの状態だった(小湊鐵道の記事で参考としてキハ52を載せた)小海線の部屋がようやくにぎやかになった。
ほか、相模線が2枚、小田急が1枚という状態でずーっとほったらかしになっていた。ともにいまのデジカメでの写真は皆無なのだが、なつかし写真は相模線は「少々」、小田急は「わりとたくさん」ある。
小田急に関しては私の初代のスキャナで取り込んだものはあるのだが、現在の2代目スキャナでもう少しクッキリ取り込んだものが揃っていない状態。

…ということで、今回は相模線のなつかし写真。


キハ35系天国

相模線は東海道線の茅ヶ崎と横浜線の橋本を結ぶ路線。八高線や久留里線と並びキハ35系が活躍していたが、1991(平成3)年3月16日に電化。専用の205系500番台を新製投入し、その後現在まで車両の動きがないまま推移している。


キハ35系(橋本・1991)

電化を間近に控えたころの橋本での風景。すでに架線が張られている。相模線は電化前はキハ35系で車両を統一しており、塗色も相模線オリジナルカラーとなっていた(さがみ…おりじなる…??)。
このカラーリングは気動車の地域色の初の事例なんだそう(1986年導入開始)。




キハ35系(橋本・1991)(2枚目は再掲)

車両は片運転台のキハ35と両運転台のキハ30があり、セミステンレスの900番台も同じ塗色で活躍したこともあった。
正面の塗り分けは前面補強板の独特な形を活かしたものになっているが、写真のキハ30 42のように補強板がない車両もあった。




キハ35系(厚木・1991)

架線の下、小田急との接続駅・厚木に到着した茅ヶ崎行列車。逆光に排煙が映える。
厚木駅は小田急とラチ内共用で、この写真は小田急を撮りに来たついでに相模線ホームに降りて撮ったものだと思う。
3枚目を見てのとおり、1面のみの相模線ホームと改札・小田急ホーム相互の移動は構内踏切を渡る必要があった。隣の線路は側線だったが、2007(平成19)年にその線路を敷いたまま上にホームを新設し、構内踏切は廃止されて便利になったそうだ。写真の時代の旧ホームは使用停止となった。



キハ35系(厚木・1991.3.15)

こちらはきちんと日付がわかるもの。なぜなら電化前日・気動車最終日に撮ったものだ。キハ35系が泣きながらハンカチをふる愛らしいHMがついていた。


キハ35系(厚木・1991.3.15)

区間運転の海老名行。相模線と小田急は海老名・厚木と2駅続けて接続しているが、のりかえはこの厚木の方が圧倒的にラクだ。
このキハ30 97は助士側下の白文字表記がクリーム部分にまたがっていて読みづらい。


キハ35系(厚木・1991.3.15)

こちらのキハ30 46は表記が青地部分にすっぽり。また銘板はクリーム1色に統一してある。橋本でのキハ30 42の写真も見ると、車両によってまちまちで面白い。なお、キハ35は片運転台のため、表記は連結面寄りとなる。


キハ35系(厚木・1991.3.15)

相模線色のいいところは車号が正面に入っていること。鉄道ファンにはありがたい。だが、残念ながらこの日限りで見納めとなってしまった。


本業の姿を撮ってない205系500番台

上の写真の翌日から営業運転に入ったのが205系500番台。新デザインの顔と半自動ドアを用いた相模線向けの新仕様だ。
私は相模線内での205系500番台の写真は近年ケイタイで1枚撮っただけなのだが、なぜか他の土地にいる姿を偶然二度捕らえている。



205系500番台(品川・1991.2.9)

品川の臨時ホームに突然現れた205系500番台。幕の通り試運転なんだろう。205系のイメージを逸脱した正面のデザインだが、東武20000系列のパクリに思えて仕方なかった。
いかにも非常扉になっていそうな助士側の形は地下鉄風というところだが、非貫通だ。なおこの試運転列車は2本併結の8連。



205系500番台(品川・1991.2.9)

帯色は相模川をイメージしたものだそう。ピカピカの車体や緑のJRマークとともに「さわやか」そのものだ。



205系500番台(品川・1991.2.9)

京浜東北線103系と併走しながら出発。




205系500番台「ひまわり号」(拝島・1991.10.27)

拝島で会ったのがこの「ひまわり号」。こちらは雨の日。青系の絵ヅラにひまわり号のHMがいいアクセントになっている。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)