2010年9月20日月曜日

東海道線 なつかし写真・6

敬老の日がらみの三連休は撮影に出かけることはなかったので、ひさびさになつかし写真の記事。
先月中京に行ったので、遠出関連のものをちょいちょい出すことにした。

今回は東海道線にからむ路線・車両のもの。東海道線シリーズとして6回目の扱いにする(1回目はこちら。5回目まで記事は連続)。


東海エリア

市川市民の私にとっては、東海道線では横浜以西は「遠出」と言ってもいい感覚。その中で、熱海、沼津、吉原、豊橋、米原などでの本線の車両の写真は過去5回の中にちりばめてある。


御殿場線115系(国府津・1989)

東海地区の支線では115系が活躍していた。写真は雨の国府津での115系。
なつかし写真・2に書いた、伊東の保養所へ向かう際に東海道線の列車を乗り換えたエピソードのときについでに撮ったもの。伊東の保養所へは何度か東海道線で行ったが、この国府津で身延色の115系を見たときは、御殿場線にいるのを知らなかったのでビックリした記憶がある。


御殿場線115系(沼津・1991)

こちらは御殿場線の反対側の東海道線との接点・沼津でのもの。御殿場線はもともとは東海道線だったが、函南〜三島間の丹那トンネルの開通によって支線になった。そのため両端が東海道線とつながっているのだ。
非ユニット窓で側面方向幕準備もない古い車両にJR東海独特の薄型インバータクーラーを載せた編成。ドアのみ黒Hゴムになっているようだ。


身延線クモハ123(富士・1991)

荷物車・郵便車等の事業用1M電車がライフワークを失った中、ローカル線の車両運用効率化のために、単行運転のできる特徴を活かしたのがこの車両。中央線辰野支線、阪和線羽衣支線、可部線などにも投入された。
身延線用クモハ123は、101系の足回りを流用したクモユニ147やクモヤ145から改造されたもので、足回りに関しては旅客車へ復帰したことになる。写真の車両は非貫通なのでクモユニ147から改造されたもの。
身延線では富士口・甲府口での区間列車に使われ、全線を通す列車は主に3連の115系が用いられていた。


身延線クモハ123(富士・1991)

身延線用は国鉄時代の登場当初はアイボリー車体の下部にワインレッド帯を巻いたもので、正面は帯を一旦切って、身延のMや富士山を想像させる図案を用いていた。このM山が、私には「サザエさんがおめかししたときの口紅」に見えて仕方なかった。
どうせ東海カラーにするんなら、郵便荷物車っぽく全身湘南色にしちゃえばよかったのに、と思う。
現在クモハ123の中で配置当初の線区でそのまま稼働しているのは辰野支線のクモハ123-1だけ。身延線は全廃、羽衣支線と可部線の車両はすべて小野田線用に移っている。



キハ85系(名古屋付近?・1989)

東海道新幹線の中(たぶん中学の修学旅行)から撮ったキハ85系。乗客がいないので、回送中だと思う。マークは「ひだ」になっている。ポイントは非貫通先頭車がキハ85-1であるところか。デビューからまだそんなに月日が経っていないころだったと思う。


FE65 1???+14系+12系急行「ちくま」(米原・1991.9.15)

大阪と長野を結ぶ夜行急行「ちくま」。早朝の米原で遭遇。当時大阪—名古屋間はEF65PF、名古屋—長野間はEF64が牽いていた。
寝台車が14系3両、座席車は12系5両という構成。ただ、12系はボックスシートからリクライニングシートに改装されていたそう。12系はブルトレ調だがデフォルトでは貫通扉にテールマーク窓はないため、わざわざマークを外付けしている。これは同じ車両を使っていたという山陰夜行の「だいせん」も同じだった。


西日本エリア


JR京都線201系(京都・1991.9.16)

新幹線へ乗り換える前についで撮りした京阪神緩行。画質が悪いが、関西の201系の写真はこの1枚しかないのでアップ。
整形を受けず、原形を保っているころの姿。現在は7連を8連と6連に組み替えて大阪環状線や大和路線へ移籍している。


奈良線113系(京都・1991.9.16)

こちらは新幹線ホーム下の奈良線113系。デカ目・非ユニット窓・グロベンの、当時でも相当古い車両。奈良線は使用車種がコロコロ変わっている路線。


381系特急「スーパーくろしお」(京都・1991.9.16)

「スーパーくろしお」のパノラマグリーン車。「スーパー雷鳥」や東海の381系「しなの」などとともに、中間グリーン車を先頭車化改造し前面展望もできるようにした車両。ただ座席は階段式になっていないので、最前列近く以外はあんまり関係ないのかもしれない。
現在もオーシャングリーンの帯に変わって活躍を続けている。


383系急行「ちくま」(大阪・2000.5.3)

神戸までふらりと野球を観に行ったこの日、往路は新幹線だったが、帰りは急行「銀河」のA寝台(…ってもプルマン式2段)をチョイス。銀河を待つ間に現れたので撮ったものだ。
ちくまは1997(平成9)年にこの「しなの」用383系電車に移行し、同時に寝台車は廃止。2003(平成15)年9月で定期列車の運転は終了となった。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

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