2016年11月6日日曜日

16.11.6 E電の時代

半蔵門線・田園都市線渋谷駅からハチ公前に出る。
東急5000系のショーティが置いてあるが、最近はハロウィンにちなんで『ポムポムプリン』に「仮装」していた。
11月になったため期待はしなかったが、やはり元の東急グリーンに戻っていた。
とにかく常に人がいる場所なので、5000系をすっきりと撮るのは難しい。


東急5000系カットボディ(渋谷・2007.1.18)(mb)(再掲)

このときも顔の前に人がいない瞬間が訪れるのを待って撮ったっけ。縦アンなのは横の人たちまではカットできないため…だったと思う。
いろんな人間がいるこの場所だが、よく悪質ないたずらをされずに保ってるなぁと思う。


しののめの

5000系の現状確認(結局「原状確認」になった?)を終え、JRに入場。
埼京・湘南新宿ライン〜りんかい線〜京葉線で帰路に就きながら少しずつ撮影を続けた。



E231系(渋谷)

ハチ公口から入ると山手線外回りホーム経由で橋上コンコースに上がり、動く歩道のある長い通路を経て埼京・湘南新宿ラインホームに到着。
この列車はその長い通路の足元のカーブを進んで来た。
渋谷駅は東横線が地下に潜り、銀座線も明治通り上にホームが移るためこの2日で線路移設工事が行われているが、まだまだ動きが出る。
東横線の跡地を活用し山手線は島式1本スタイルに戻しつつ広い幅のホームに、埼京・湘南新宿ラインホームも山手線と並ぶ位置に移動となり、長い通路は解消となる。この写真の風景が見られなくなる日が来るわけだ。



E233系(大崎)

E231系中電で大崎へ出た。りんかい線新木場行が2本停まっているが、先発は埼京線からの直通列車のようだ。
こちらのホームに停まっているのはハエ101・7000番台のトップナンバーだった。向こうはハエ122。
ちなみに川越車両センターが「ハエ」となるのは、旧仮名遣いの「か」が由来だからだそう。カワとかコエじゃダメだったんだろうか?
現在の東十条駅に隣接する車庫が電車区だったころは「下十条電車区」と呼ばれたが、その記号は「モセ」で、「しじうう」から来ていた。…ヘンなの。


埼京線E233系(東雲)

埼京線からの直通列車でりんかい線東雲(しののめ)に移動。



埼京線E233系(東雲)

もう夕方にさしかかっているので、顔に日が当たるのはこっち向き。
りんかい線70-000形を期待したが、JR車だった。




埼京線E233系(東雲)

緩めだがカーブアングルが撮れる。埼京線E233系のカーブ写真を撮ってなかったので、ここに寄ったのはそれが目的だ。


埼京線E233系(東雲)

となりは終点の新木場。さっき乗ってきた編成が帰ってきた。



埼京線E233系(東雲)

トップナンバー編成。逆光も逆光だな。逆光も味があって好きだ。


埼京線E233系(東雲)

どうせE233系が続くのは大崎でわかってましたよ…と思ったら、大崎で反対側にいた編成より1番大きいハエ123編成だった。


最下位

画変わりもないままりんかい線から撤収。新木場で京葉線快速に乗り新浦安で各駅停車にのりかえる。


E233系(新浦安)

なんと京葉線E233系を撮ったのは2年ぶり。E233系が出そろってからはあまり撮らなくなったからな。
家の近所を走っているので姿はそれなりに見ているし、前回撮影後も何度も乗ってもいるはずだ。


E233系(新浦安)

私が撮り鉄を再開した頃は205系京葉顔・ノーマル顔、201系、209系500番台が走り楽しかったが、現在はE233系のみ。
唯一残っていた209系500番台ケヨ34は10月下旬に秋田総合車両センターへ向けてEF81に牽かれてケヨ区を後にしたが、トラブル発生で東大宮でリタイヤし、与野駅前に留置されている。
秋田へ向かったのは機器更新のためと言われており、武蔵野線への転属ではなかったようだが…未だケヨ34が1本だけ残っている明確な理由はわからないまま(E331系が計算通り使えず廃車になった分? それならE233系を1本多く造ればいい話だが…予算の関係とか?)で、ナゾが多い存在となっている。



E233系(二俣新町)

地元・二俣新町駅に到着。以前はよく撮ったカーブアングルで久々の撮影。

二俣新町駅は昨年度の乗降客数調査で越中島駅に抜かれて京葉線内最下位となった。
この駅の周辺は倉庫・工場が多く、利用者はその通勤客がメイン。平日朝夕が混み合うものの、それ以外の時間は非常に人が少ない。

駅付近の住宅としては二俣団地とそれに隣接したNTT社員の社宅があるが、二俣団地は最近閉鎖され、現在はゴースト団地となっている。越中島に抜かれたのはこの団地の閉鎖もあると思う。
団地内には市川市立二俣小学校・二俣幼稚園があり、私は団地住民ではないがどちらにも通った。
小学校は1学年2クラスにまで減ってしまったというし、幼稚園は昨年度限りで閉鎖されている。
二俣団地は基本的に省庁の官舎であり、防衛庁(当時)の家族が多かった。転勤が多く、二俣小では6年生にもなるとクラスで転校経験者が半分以上というのが当たり前で、時には転校先で知っている子と再開したということもよくあったようだ。

二俣団地の土地は売りに出されており、5階建て30棟が並ぶ広い敷地が何に化けるか、楽しみでもある。



E233系(二俣新町)

こういう感じも逆光の楽しさ。



E257系500番台特急「わかしお」(二俣新町)

特急登場。5連かと思ったら、2本併結の10両編成だった。
房総特急は本数削減が進み、255系が総武線、E257系500番台が京葉線発の定期特急に振り分けられた形になっている。


(二俣新町)

京葉線は9月25日にATOSが導入され、ホームではこんな表示が見られるようになった。
…一般客がふと見ても、何のことだか理解できないんじゃないか?
この表示は16時発の各停東京行がいま3つ手前の海浜幕張に居る、ということなんだろうが…。


(稲毛・2016.11.20)(sp)

(後日追記)
所用で訪れた稲毛駅では「で、こうなった」という結果を見た。
こちらは表示幅が狭いようで、3駅間。緩行しか来ないため次の列車の表示は「中野 16:00」で、種別は出ていなかった。時刻と行先の順番も京葉線と逆だ。



E233系(二俣新町)

2013(平成25)年3月のダイヤ改正で武蔵野線列車の通過運転(「武蔵野快速」)がなくなり、京葉線内の快速列車は「通勤快速」と「快速」の2本立てとなった。武蔵野快速がある時代、この京葉線内の快速は「京葉快速」とされていたが、駅の表示器ではこないだのATOS導入まで「京葉快速」の案内表示が続いていたようだ。
なお、京葉快速の車両における種別表示は過去に走った系列も含めすべて 快速 となっている。




E233系(二俣新町)

各停を撮って撮影終了。

この記事ではEがつく車両ばかりだったな。
1987(昭和62)年に国鉄が民営化でJRとなった時、JR東日本での「国電」に代わる愛称として公募から無理矢理選ばれたのが「E電」だった。
当初は駅の表示にも使われたがまったく定着せず、いつしかNHKの朝のニュースの運行情報でJR東日本社員が「新幹線・E電各線とも平常運転です」と言うときにのみ聞ける状態になっていたが、気づいたときにはそこでも言わなくなっていた。

車両では、1993(平成5)年に走り始めたE351系からJR東日本は新系列に「E」を冠するようになった。
E231系・E233系の大量生産により、今こそ「E電」が定着した時代であるとも言えよう。
さて、武蔵野線に「E電」が入るのはいつであろうか? 転配により意外に近い時期に実現かもしれないが…。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)