2016年9月30日金曜日

16.9.21 阪奈神フォロー旅・09/JR神戸線・学研都市線・おおさか東線

11時前にホテルのチェックアウトを済ませ、少し荷物が重くなった状態で改めて出発。

きのう断念した大和路線三郷駅での撮影がメインイベントだ。


アーバンネットワーク

JR新長田駅に入り、ひとまず夜の新幹線のきっぷをみどりの券売機で購入。
新大阪20時半発の列車にした。




207系(新長田)

207系の普通列車はJR神戸線〜JR東西線〜学研都市線と進む四条畷(しじょうなわて)行。この列車に乗る。


207系(神戸)

新快速にのりかえるため2つめの神戸で降りる。
目指すのはこの列車の行く先であるが、各駅停車では時間がどんどん過ぎていく。


HOT7000系特急「スーパーはくと」(神戸)

特急「スーパーはくと4号」。3月にも隣の三ノ宮で狙わずして「2号」に遭遇した。

新快速で尼崎に到着。 島式ホームが4本並び、JR神戸線・JR宝塚線・JR東西線の系統が複雑に入り乱れるアーバンネットワークの象徴だ。


321系(尼崎)

新快速を降りたホームから1本隣のホームに移動。5番線に321系の高槻行が来た。


321系(尼崎)

6番線にも321系。こちらはJR東西線の区間快速木津行。
木津は学研都市線(片町線)が大和路線(関西線)・奈良線と接続する京都府最南端の駅だ。

区間快速の最後尾に乗り、私は2度目の乗車となるJR東西線に入る。前回乗ったのは撮り鉄をしていなかった空白の時代で、207系が青の濃淡帯の時だった。
尼崎を出るとすぐ地下に潜り、京橋までひたすら地下鉄の風景。
北新地・大阪天満宮両駅はホームドアが設置されている。奈良—尼崎間を大和路線〜おおさか東線経由で運転されていた「直通快速」は最初の北新地駅への設置の時点で3ドア・クロスシートの223系8連から4ドア・ロングシートの207系7連に変更されており(のち321系も加わった)、当初よりサービスダウンとなっている。

大阪城北詰駅の先で地上へ出ると、乗務員室越しに去って行く風景の先に旧片町駅方面を感じる空間が見え、地平の京橋駅に滑り込む。
京橋駅からは片町線。現在の通称「学研都市線」区間となる。学研都市線は今回初めて足を踏み入れる。

京橋の次の鴫野(しぎの)駅は新大阪を目指すおおさか東線延伸工事の真っ最中。放出—鴫野間はおおさか東線が並行し複々線となる。
おおさか東線は既存の単線貨物線「城東貨物線」を改良して旅客線化したもので、放出から先は鴫野を経て新大阪、北梅田(新駅)を目指して既存の貨物線の旅客化工事が進められている。

区間快速は鴫野を通過し、その次の放出に到着。ここでおおさか東線にのりかえるため下車。
正直途中駅がいくつあるかもわかっていなかったが、京橋から2つ目とは意外だった。


321系・201系(放出)

乗ってきた列車を見送る。2面4線の外側2線が学研都市線、内側2線がおおさか東線が使用。


(放出)

関西以外の人だとまず読めない「はなてん」駅。現在のおおさか東線の起点となっている。
学研都市線で隣の徳庵駅は近畿車輛の工場が隣接しており出荷前の車両を目にすることもできるが、この時点では駅名標に載っていることに気づいてもおらず、足を向けなかったのはもったいなかった。


201系(放出)

おおさか東線の列車は大和路線と同じ奈良の201・103系6連が用いられる。
この201系は私の乗ってきた区間快速との接続をとって発車していった。

さて、初訪問かつ途中経路感覚でいたため何も調べていなかったのだが、この放出駅の京橋方はカーブになっているじゃないか。
すぐさまおおさか東線にのりかえるのはやめて、少し学研都市線の列車を撮っていくことにした。


207系(放出)

最初に現れたのは…あ、新長田で乗った列車だ。
いまさらノコノコ現れたか…って、結局違いは列車1本分か。カメラのデータだと8分差だから、違うっちゃ違うかな?




201系(放出)

207系を追うように、鴫野方の引上線から次のおおさか東線の列車が出てきた。
そして反対側にはその次の列車となる当駅止まりの列車が到着。
この201系のLED行先表示はクセ者で、マトモに写らない。207系や321系は曲面ガラスの奥ながら写ってくれるのだが。


321系(放出)

321系の区間快速再び。同志社前行。


207系(放出)

207系のリニューアル車が来るのを期待するも、なかなか現れず。この編成は前パンがないようだ。



201系(放出)

この列車に乗ることにしよう。接続の区間快速の到着を待つ。


207系(放出)

また207系ノーマル車。潔くあきらめることにする。


ウグイスネットワーク

201系のおおさか東線久宝寺行に乗り込む。
放出駅を出て学研都市線と別れるところで第二寝屋川にかかる色あせた複線トラス橋が見えるが、列車は手前の単線ガーダー橋を進んで行く。おそらく城東貨物線時代から使われているのものだろう。放出に向かう線路は真新しい黒い単線トラス橋が架けられている。
色あせたトラス橋は旧淀川電車区である車両基地(網干総合車両所明石支所放出派出所)の引上線で、第二寝屋川を跨いで学研都市線を足元に見た位置でぷっつり途切れている。


201系(高井田中央)

1つめの高井田中央駅で降りる。高架上の島式ホームは眺めがいい。

おおさか東線が開業したのは2008(平成20)年3月。
東大阪市のこの場所には大阪市営地下鉄中央線の高井田駅があり、それに接続する形で駅が設けられた。
ただJRで「高井田駅」というと、大和路線で、おおさか東線と接続する久宝寺駅から4つ進んだ先の柏原市内の駅としてすでに存在する。地名が被るにはなかなかの近所と言える。
地下鉄中央線の真上には中央大通という道路が通っている。「高井田中央」というのは中央大通が由来というが、「野田阪神」的な意味も重ねているように思える。
(野田阪神…大阪市営地下鉄千日前線の終点。国鉄野田駅と阪神野田駅がある野田で、後者に接続している意味から)




201系(高井田中央)

103系が走っていることを期待したが、この放出行は放出で最初に見た編成。
早くも、次の列車で久宝寺まで出ることを決めた。



201系(高井田中央)

島式ホームの手前で開口部を設けながら線路間が拡がるあたりは、埼京線戸田駅を思い出した。こっちのほうが窮屈感があるな。

再び列車に乗る。平日の12時台で、6両編成の列車の乗車率はかなり低い。
JR河内永和、JR俊徳道、JR長瀬と「JR」が付く駅が3つ続く。すべて近鉄の駅との区別のためで、河内永和は近鉄奈良線、俊徳道は近鉄大阪線と接続しているが、両駅は600mしか離れていないそうだ。
高架線から見える風景は住宅街だが、町工場らしき建物もたくさん見える。東京ではあまり見かけないスタイルの住宅も…。
途中駅唯一の対向式ホームの新加美駅は大和路線とのデルタ線内にあり、私が前日1時間の抑止を喰らった大和路線加美駅はすぐ近く。ほどなく大和路線に合流し久宝寺に到着。


221系(久宝寺)

大和路線の快速が4連で入線。これから向かうは普通列車のみ停まる三郷(さんごう)駅なので、お見送り。


103系(久宝寺)

前日午前のJR難波駅、午後の天王寺駅につづき、またしても大和路線の駅に来たとたん103系に遭遇。
JR難波で乗ったのがNS618編成、八尾で迎えたのがNS617編成、そして今回会ったのがNS619編成で、これで奈良の103系6連3本すべてに遭遇した。天王寺で会ったのは4+4連のうしろ側・NS406編成だった。
このNS619編成が難波から戻ってくるのを三郷で迎えるんだから、楽しみで仕方ない。不安なのは雨だけ。





221系(久宝寺)

大和路快速はおおさか東線と同じ内側線に入る。おおさか東線で乗った編成は奈良方に引き上げているのがわかる。
221系6連は全車の番号が1番のトップナンバー・NC601編成。3月には大正駅で遭遇している。


201系(久宝寺)

私が乗るべき普通列車が到着。ちっちゃい女性車掌さんが大和路快速の到着を迎える。


221系(久宝寺)

大和路快速を先に通す。



221系・201系(久宝寺)

おおさか東線と大和路線との区別は行先表示やホームの表示で見分けるしかないが、普通列車運用が中心の大和路線のウグイス車両はほぼ外側線に来ると思ってよい。


201系(久宝寺)

大和路快速を見送った王寺行普通列車で三郷駅を目指す。(つづく)

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

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