小田栄駅を離れたあと帰ろうかと思ったが、産業道路の浜町交差点で「扇町」の文字が。
…ついでだから行ってみよう。
扇町駅
交差点からひたすら進んでいくと、橋が続くところで鶴見線の線路が右から道路に並んできた。線路に沿う道を進んで行くと、右に入った先に鶴見線の終点・扇町駅がある。
運河に囲まれた埋め立て島にあり、周りは工場・倉庫・発電所等々。通勤時間帯以外は人気(ひとけ)も電車気もない。
埋め立ては浅野財閥によるもので、浅野家の家紋の扇から当駅名が命名されている。
(扇町)(i)
コンクリートブロック積みの質素な駅舎。手前のアーチは植物の絡みもほとんどなく、まさに錆が寂れ感を強調してしまっている。
(扇町)(i)
ネコ2匹。寒いのが苦手な動物だが、この暑さにはへこたれている模様。
同じ鶴見線の浅野駅もネコだらけだったな。浅野財閥由来の駅名も共通点だ。
(扇町)(i)
時刻は12:21。12:10発の列車が出たばかりで、次の発車は2時間後の14:10だ。残念。
ネットで時刻表を見ると、昭和12:06発→扇町12:07着・12:10発→昭和12:12発となっていて、この昼間は扇町に列車が居るのは2時間のうち3分間だけということになる。私のように下調べなしで車でフラっと来て停車中の車両を見るのは相当確率が低い。
(扇町)(i)
ホームのない線路は2本が駅の奥に続いている。鶴見線は臨港地区の貨物輸送のための路線でもあり、各駅から多くの専用線が分岐していたが、だいぶ整理されてきているようだ。当駅も当初は貨物駅として開業している。
(扇町)(i)
旅客線は1面1線のみ。ホーム上屋は昭和の意匠を保ち、線路は草むした車止めで途切れている。
脇の建物はJR貨物の事務所になっているようだ。
(扇町)(i)
ずっと寝てなさい。
(扇町)(i)
踏切からホーム側を眺める。
(扇町)(i)
踏切から終端側を眺める。くちばしを3つ持つ門形送電鉄塔がそびえる。送電線は3本の線で1セットである。あくまで線路を跨ぐための門形であって、鉄道の架線柱ではない。でも、東急池上線の電車が来てもいいような雰囲気。
線路は三井埠頭の敷地に専用線として続いている。
昭和駅
扇町駅からひとつ鶴見寄りの駅が、先ほども名前の出た昭和駅。扇町駅とは営業キロで0.6kmしか離れていない
(昭和)(i)
駅舎は6年前に建て替えられたそうだ。
(昭和)(i)
しかしホームに行けば扇町駅と同じ意匠の上屋。駅名の通り昭和のままである。
(昭和)(i)
Wikiによればこの辺りは旅客線と貨物線の単線並列だそう。しかし、貨物線は草むしている。上屋とともにラピュタ化が進んでいる。
(昭和)(i)
駅前の踏切から扇町方面を眺める。門形鉄塔が続く。
こちらも草むしたほうが貨物線。扇町駅とは旅客線と貨物線の位置が逆になっているが、ご覧のように写真奥で2線が一旦合流しており、その先でまた二手に分かれ、貨物線と旅客線が入れ替わる配線になっている。
(昭和)(i)
列車を下りて駅舎を抜けるとそこはレゾナック川崎事業所(扇町地区)。まさにここへの通勤客が駅利用者のメイン。
レゾナックの前身は昭和肥料・昭和電工であり、駅名もそこから命名されている。
(昭和)(i)
昭和駅の鶴見方には専用線の分岐跡が残っている。東亜石油京浜製油所へ続くものだったが、2011(平成23)年に使用を終了したそうだ。
(昭和)(i)
カーブに沿うような形で続く建物と道路と廃棄物…気になる場所であったが、奥に行くのはやめた。
ストリートビューで見てみると、出光興産の敷地まで道は続き、その終端脇には線路と車止めが残っているようだ。
(昭和)(i)
警報器が残る。通りかかった現車中のタクシーが一旦停止していたが、来慣れていない運転手なのかもしれない。
この島には鶴見線以外に路線バスも乗り入れており、本数は鶴見線に圧勝の模様。
(浜川崎—昭和)(i)
さらに鶴見方に運河を渡る橋があり、鶴見線も並ぶ。
奥に見える縦長の工場施設は夜は照明が輝き、プチ工場夜景スポットでもあるようだ。列車が通る時間に来てみたいなぁ。
…というわけで、この記事は車両は一切登場せず。これにて帰宅した。
なお新潟のお古を導入した南武支線に対し、鶴見線にはE131系1000番台が新製投入されることが決まっている。
同時期に205系改造車で車両を更新した両線だが、ここで差がつくことになる。
これまでのE131系は広幅裾絞り車体だったが、1000番台は建築限界の都合か狭幅で裾絞りなしの設計となっている。
なんなら一部は2連+両運クモハの3両編成にして、2連は南武支線共用、両運クモハは鶴見線閑散時間帯に単行でも使える、そんな形もいいんじゃないかとシロウトは思ったり。
南武支線車両もいまは鶴見線の弁天橋を定宿にしているし。
(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)
2023/09/10
23.9.10 205改の走る街2023・上(スマホ)
車で川崎市内へ出かけたこの日。
往路で「小田栄町交差点」を通った。かつて川崎市電が走っていた市電通りという道だ。
用事が済んだ帰り、小田栄町交差点で市電通りを外れ、向かったのは小田栄駅。
JR南武線浜川崎支線(南武支線)上に2016(平成28年)に設置された新しい駅で、私は開業後に電車で通ったこともなく、初めて訪れる。
南武支線には新潟からE127系がやってきて、205系1000番台を置き替えることになっており、E127系デビューは3日後の9月13日である。
さすれば今の旅客列車は100%205系なので、せっかく近くに来たのだから撮りたいという魂胆。
合うはずだった帳尻
駅周辺は川崎区らしい住宅密集地だが、東側にイトーヨーカドー、コーナン、スポーツデポなどの大型商業施設やマンションが建ち並ぶ広大な一角がある。
地図で見ると、工場なんかが引き払った跡地じゃないかと推察。
調べてみると、やはり昭和電線の工場があった模様。コーナンは旧・川崎南高校の跡地のようだ。
車はそのコーナンの有料駐車場に入れ、そそくさと駅へ歩いていくと、踏切が鳴いた。
浜川崎行が来る矢印なので、慌てて向こうへ渡った。
205系(小田栄)(i)
現れたのはワ4編成。なんでワなのかは知らん。
南武支線用の205系1000番台はクモハユニットの2連3本。JR西日本の水色の205系1000番台はクハとモハのみなので形式は被らない。
なおワ編成は1・2・4の3本であり、3が抜けている。これは南武支線先代の101系ワンマン車の最後に残った編成が3を使っていたからだそうだ。番号詰めないのね。
ワ編成の中でこのワ4は9年前に訪れた際に唯一撮っている編成。腐れ縁だな。ワ1・2は中央・総武緩行線用からの改造でドア窓が大窓だが、このワ4のみ山手線用から改造の小窓。205系は小窓車のほうが車齢が高い。
帯には楽譜と波・カモメのデザインが見える。私は馴染みがないが、川崎市が掲げる「音楽のまち・かわさき」と南武支線が海に近いことにちなんだもので、この小田栄駅開業を記念して加えられたものだ。
地理的に海は近いが、南武支線からは海は一切見えないので少し無理がある。
(小田栄)(i)
尻手行ホーム出入口。205系の帯と同じデザインの図柄が用いられている。
小田栄駅は踏切を挟んで点対称配置。路面電車や私鉄で見かけるが、JRの駅としては珍しいのではないか?
踏切周囲は道路が錯綜し地図上では面白い場所。この尻手行ホーム側の道路に囲まれた安全地帯的な場所はバスの停留所になっており、一見道路の真ん中に人が集まり微動だにしない風景に目を疑った。
(小田栄)(i)
浜川崎行ホーム。
駅看板は日が当たる向きのため尻手行ホームより褪色している感じ。
時刻は正午。時刻表を見ると2時間に3本…40分間隔運行の時間帯で、即列車遭遇はラッキーだった。クソ暑いんだもん。
(小田栄)(i)
浜川崎行きホームに入ってみる。E127系登場がイラスト付で案内されている。
何せドアが4→3と減るわけだから、きちんと知らせないとね。
(小田栄)(i)
ホームのドア位置表示も3ドア向けに変更されている。
まぁここから乗車する人は稀かもしれない。浜川崎接続の鶴見線沿線で働く人ぐらいだろう。
E127系は10本がえちごトキめき鉄道へ譲渡されており、必要数から余った2編成のみがJRに残って弥彦線と越後線で細々と走っていた。
この2本をこの南武支線に持ってきたわけで、現在の205系3編成を置き替えるには足りないのだ。
そんなわけで、205系は1本が残ることになる。おそらく予備主体なんだろうが。
実はE127系は13本造られた。2008(平成20)年にV3編成の1両が踏切事故で焼けて、相方ともども廃車となった。これがなければ今回の置き替えにちょうどよかった。
松本地区にはE127系100番台もいるので、1本ぐらいなら持ってくることもできるか?
南武支線や鶴見線では昨年登場のハイブリッド試験車「HYBARI」ことFV-E991系の走行が認可されている。E127系と同じ3ドア車だ。
車内はすぐにでも旅客運用に使えそうな内装を備えているが、特殊な車両だけにすぐの営業運転は難しい。
40分間隔ということは、ワ4がひとりでシャトル運行しているわけで、これにて小田栄駅からは撤収。コーナンの駐車場は無料で済んだ。
なお帰宅後知った話、このときナハ区ではE127系2本と205系2本を並べた撮影会が行われていたそう。
撮影会に出ていたワ1・ワ2の2本が引退するようだ。どうせなら引退するほうの編成を撮…ムニャムニャ…(つづく)
(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)
往路で「小田栄町交差点」を通った。かつて川崎市電が走っていた市電通りという道だ。
用事が済んだ帰り、小田栄町交差点で市電通りを外れ、向かったのは小田栄駅。
JR南武線浜川崎支線(南武支線)上に2016(平成28年)に設置された新しい駅で、私は開業後に電車で通ったこともなく、初めて訪れる。
南武支線には新潟からE127系がやってきて、205系1000番台を置き替えることになっており、E127系デビューは3日後の9月13日である。
さすれば今の旅客列車は100%205系なので、せっかく近くに来たのだから撮りたいという魂胆。
合うはずだった帳尻
駅周辺は川崎区らしい住宅密集地だが、東側にイトーヨーカドー、コーナン、スポーツデポなどの大型商業施設やマンションが建ち並ぶ広大な一角がある。
地図で見ると、工場なんかが引き払った跡地じゃないかと推察。
調べてみると、やはり昭和電線の工場があった模様。コーナンは旧・川崎南高校の跡地のようだ。
車はそのコーナンの有料駐車場に入れ、そそくさと駅へ歩いていくと、踏切が鳴いた。
浜川崎行が来る矢印なので、慌てて向こうへ渡った。
205系(小田栄)(i)
現れたのはワ4編成。なんでワなのかは知らん。
南武支線用の205系1000番台はクモハユニットの2連3本。JR西日本の水色の205系1000番台はクハとモハのみなので形式は被らない。
なおワ編成は1・2・4の3本であり、3が抜けている。これは南武支線先代の101系ワンマン車の最後に残った編成が3を使っていたからだそうだ。番号詰めないのね。
ワ編成の中でこのワ4は9年前に訪れた際に唯一撮っている編成。腐れ縁だな。ワ1・2は中央・総武緩行線用からの改造でドア窓が大窓だが、このワ4のみ山手線用から改造の小窓。205系は小窓車のほうが車齢が高い。
帯には楽譜と波・カモメのデザインが見える。私は馴染みがないが、川崎市が掲げる「音楽のまち・かわさき」と南武支線が海に近いことにちなんだもので、この小田栄駅開業を記念して加えられたものだ。
地理的に海は近いが、南武支線からは海は一切見えないので少し無理がある。
(小田栄)(i)
尻手行ホーム出入口。205系の帯と同じデザインの図柄が用いられている。
小田栄駅は踏切を挟んで点対称配置。路面電車や私鉄で見かけるが、JRの駅としては珍しいのではないか?
踏切周囲は道路が錯綜し地図上では面白い場所。この尻手行ホーム側の道路に囲まれた安全地帯的な場所はバスの停留所になっており、一見道路の真ん中に人が集まり微動だにしない風景に目を疑った。
(小田栄)(i)
浜川崎行ホーム。
駅看板は日が当たる向きのため尻手行ホームより褪色している感じ。
時刻は正午。時刻表を見ると2時間に3本…40分間隔運行の時間帯で、即列車遭遇はラッキーだった。クソ暑いんだもん。
(小田栄)(i)
浜川崎行きホームに入ってみる。E127系登場がイラスト付で案内されている。
何せドアが4→3と減るわけだから、きちんと知らせないとね。
(小田栄)(i)
ホームのドア位置表示も3ドア向けに変更されている。
まぁここから乗車する人は稀かもしれない。浜川崎接続の鶴見線沿線で働く人ぐらいだろう。
E127系は10本がえちごトキめき鉄道へ譲渡されており、必要数から余った2編成のみがJRに残って弥彦線と越後線で細々と走っていた。
この2本をこの南武支線に持ってきたわけで、現在の205系3編成を置き替えるには足りないのだ。
そんなわけで、205系は1本が残ることになる。おそらく予備主体なんだろうが。
実はE127系は13本造られた。2008(平成20)年にV3編成の1両が踏切事故で焼けて、相方ともども廃車となった。これがなければ今回の置き替えにちょうどよかった。
松本地区にはE127系100番台もいるので、1本ぐらいなら持ってくることもできるか?
南武支線や鶴見線では昨年登場のハイブリッド試験車「HYBARI」ことFV-E991系の走行が認可されている。E127系と同じ3ドア車だ。
車内はすぐにでも旅客運用に使えそうな内装を備えているが、特殊な車両だけにすぐの営業運転は難しい。
40分間隔ということは、ワ4がひとりでシャトル運行しているわけで、これにて小田栄駅からは撤収。コーナンの駐車場は無料で済んだ。
なお帰宅後知った話、このときナハ区ではE127系2本と205系2本を並べた撮影会が行われていたそう。
撮影会に出ていたワ1・ワ2の2本が引退するようだ。どうせなら引退するほうの編成を撮…ムニャムニャ…(つづく)
(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)
2023/09/02
23.9.2 ▼と黄緑と7777(スマホ)
今回もiPhone撮影回。
池袋への通院のため朝の妙典始発列車に乗るのだが、その前に前回と同じ動きを実行。
当ブログのベタパターンが、池袋か近年の西武線小川の飲食店通い(通常の表現は「小川詣で」としている)のついで撮影。
ともに妙典8:30始発の列車で行くとそれぞれの都合のいい時間に到着する。
土休日は1本のみのこの妙典始発は私にとって便利な着席確実列車なのだ。
▼さがし
8時前に原木中山駅に入る。隣の妙典8:30始発に乗るには早いのだが、これは冒頭の通り前回と同じ流れ。今回も同じくJR車狙いなのだ。
秋田で機器更新を受けて三鷹に戻っていたミツK1が8月27日から営業運転に復帰している。
実は前日・9月1日朝にその姿を見かけ、車体側面のドアコックの位置を示す▼の表示が幕板部に付いたことに気づいた。ホーム柵設置駅への対応のためだろう。
さらにはその日の帰りの列車がまさにミツK1だったのだが、5日働いた週末とあって、原木で降りたときに撮るのを失念した。
ちなみにミツK1の他の部分は従前通りで、209系譲りの薄暗い雰囲気の車内はそのまんま。ドア上にLCDが付いたり、外側の行先表示が白色・フルカラーに…などのサービス面での変化はまったくなし。
いまや名鉄6000系貫通顔ですらフルカラー表示機搭載車があるというに。
JR E231系800番台(原木中山)(i)
20周年HMのミツK7を狙った前回はこの便でさっそく当たったが、そういつも都合良くはない。
この列車はミツK4充当。見えている台車の向かって右の車輪の上にドアコックの蓋があるが、ミツK1はその直上、幕帯と窓の間のステンレス地丸出し部分に▼のステッカーが入ったのだ。各車両片側2ヶ所となる。
05系ワイドドア車(原木中山)(i)
あと2本JR車が来るので、しばし現れる車両を撮って待つ。
東葉2000系(原木中山)(i)
日が少し雲に隠れたところで東葉車。
05系ワイドドア車(原木中山)(i)
18Fで写ったLED表示機はこの15Fでは切れる。メーカーによって違うとよく聞くが。
JR E231系800番台(原木中山)(i)
2本目のJR車はミツK5。
背後の古いマンションは昭和からずっと建っていて今も現役。
地下にあったパチンコ店はいまは民営の有料駐輪場に化けている。
05系(原木中山)(i)
40F。またLEDは切れてしまった。
05系(原木中山)(i)
42F。05系の表示機は13Fまでが幕式、14F以降が3色表示LEDで新造。現在13Fまでは東西線を去り、14F以降はフルカラー&白色LEDへの交換が進んでいる。
JR E231系800番台(原木中山)(i)
最初に迎えたミツK4。妙典と反対側の隣駅・西船橋からすぐ戻ってきた。
JR E231系800番台(原木中山)(i)
ミツK5は快速となって戻ってきた。
05系ワイドドア車(原木中山)(i)
3本目はミツK2だった。この編成は前回も当駅で会っている。
なお恥ずかしながら記事を書くにあたり初めて知ったのが、最初に秋田から帰ってきたミツK3(2023.1.31出場)も▼マーク付になっているという話。おそらくこれまでの通勤中に無意識で見かけているだろうな。
15000系(原木中山)(i)
東葉勝田台から来たこの列車に乗る。西船橋始発の列車より混んでいる。
05系(妙典)(i)
妙典で始発列車をお出迎え。
通な利用者たちがパラパラと待っている。この中野寄りは改札口から遠いため、1ドアに1人いるかいないかという感じ。
05系05736車内(妙典)(i)
この編成の車内は住友林業のさわやかな森の写真の広告で埋め尽くされていたが、なんと大手町でのりかえた丸ノ内線2000系の列車も同様だった。
黄緑と7777
池袋での通院は定期的な経過観察なのであっさり終了。千歳烏山にある飲食店に行ってみたくて、山手線で新宿に出て、京王線の改札を入る。
8000系(新宿・2023.2.4)(i)
この2枚はキャプションの通り2月4日のもの。公開するタイミングがなかった。
実は今回と同じ目的で来たのだが、iPhoneに着信履歴表示があることに気づいた。池袋のクリニックで機械精算後にクレジットカードを忘れてきてしまい、その連絡だったのだ。
改札口でICカードの入場記録を消してもらい再び山手線に揺られ池袋に戻ったが、往復の山手線の混みっぷりは、私の再び新宿へ向かう気力を奪っていた。
7000系(新宿)(i)
今の時間に戻す。各停で停まっていたのは7000系。デュアルシートの2代目5000系が登場し、7000系も廃車が始まっている。
おでこの表示機が急行灯も含んでフレーミングされているこの顔の車両は、側面がビードプレスで7000系では車齢が若いほう。
8000系(新宿)(i)
私が乗るのはこちら8705Fの特急。
京王は乗り慣れていないのだが、千歳烏山は特急では3つ目か。
8000系(千歳烏山)(i)
新宿行のライトグリーンの8000系とすれ違い「あっ!」と思った直後、千歳烏山に到着。
私には特急系が停まる印象がなかったが、2015(平成27)年9月25日から準特急が停車、準特急が廃止になった2022(令和4)年3月12日以降は特急が停まるようになったようだ。
駅から近い飲食店では待ち時間もほとんどなく、食事はすんなりと終了。
ライトグリーンの8000系に会えるかもと思い、とっとと駅に戻る。上りホームの八王子方端っこに着いたところで下りの接近放送が流れ、現れたのが…
8000系(千歳烏山)(i)
超グッドタイミングの8713F。昭和のデザインを継承するHMを付けたステキな姿だ。
8年前にこの編成を狙って撮ったのが同じく当駅。位置は新宿側の先頭だったが、光線条件がイマイチだったな。
前月に銚電で本物のグリーン車を撮ったのがきっかけだった。
7000系(千歳烏山)(i)
都営新宿線直通列車を待つが、その前に超ラッキーナンバー・7777号が来てくれた。こちらは10年ぶりの再会。
7777号は新製時の番号ではなく、編成替えの改番で生まれた番号だ。
8000系(千歳烏山)(i)
各停高尾山口行。8732F。
都営10-300形(千歳烏山)(i)
京王線で黄緑というと、たくさん走っているのはこちら都営新宿線10-300形。55F。
LEDがキレキレだが、区間急行京王多摩センター行。橋本まで行かないのね。
調べると、京王多摩センター—橋本間は近年、需要に合わせた本数調整が行われた模様。
都営10-300形(千歳烏山)(i)
直後に上りも10-300形が来て、これに乗り込む。59F。
都営10-300形(九段下)(i)
地元市川市内である終点・本八幡まで行ってしまうか、東西線接続の九段下で降りるか迷ったが、今回は後者を選択。
都営10-300形(九段下)(i)
次の列車は65F。
都営新宿線は今や昼間は急行がなくなって各停のみになったが、編成は8両・10両混在から全列車10両に統一された。
都営10-300形(九段下)(i)
すぐに東西線にのりかえなかったのは西行きの列車も撮りたかったから。ご覧のように新宿方端っこは間柱が途切れているのだ。
やって来たのは4編成のみ残る初期車顔の47F。奥にはメトロ半蔵門線ホームに現れた東急5000系。東急車輌の独特な台形断面の車体は共通しており、いとこ同士のようなものだ。
都営車のほうは前頭マスク両脇にリブがあって掴みやすくなっている。
…最後はボケてこの記事はおしまい。
ちなみに当記事が当ブログ1,000件目の記事でした。さらり。
(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)
池袋への通院のため朝の妙典始発列車に乗るのだが、その前に前回と同じ動きを実行。
当ブログのベタパターンが、池袋か近年の西武線小川の飲食店通い(通常の表現は「小川詣で」としている)のついで撮影。
ともに妙典8:30始発の列車で行くとそれぞれの都合のいい時間に到着する。
土休日は1本のみのこの妙典始発は私にとって便利な着席確実列車なのだ。
▼さがし
8時前に原木中山駅に入る。隣の妙典8:30始発に乗るには早いのだが、これは冒頭の通り前回と同じ流れ。今回も同じくJR車狙いなのだ。
秋田で機器更新を受けて三鷹に戻っていたミツK1が8月27日から営業運転に復帰している。
実は前日・9月1日朝にその姿を見かけ、車体側面のドアコックの位置を示す▼の表示が幕板部に付いたことに気づいた。ホーム柵設置駅への対応のためだろう。
さらにはその日の帰りの列車がまさにミツK1だったのだが、5日働いた週末とあって、原木で降りたときに撮るのを失念した。
ちなみにミツK1の他の部分は従前通りで、209系譲りの薄暗い雰囲気の車内はそのまんま。ドア上にLCDが付いたり、外側の行先表示が白色・フルカラーに…などのサービス面での変化はまったくなし。
いまや名鉄6000系貫通顔ですらフルカラー表示機搭載車があるというに。
JR E231系800番台(原木中山)(i)
20周年HMのミツK7を狙った前回はこの便でさっそく当たったが、そういつも都合良くはない。
この列車はミツK4充当。見えている台車の向かって右の車輪の上にドアコックの蓋があるが、ミツK1はその直上、幕帯と窓の間のステンレス地丸出し部分に▼のステッカーが入ったのだ。各車両片側2ヶ所となる。
05系ワイドドア車(原木中山)(i)
あと2本JR車が来るので、しばし現れる車両を撮って待つ。
東葉2000系(原木中山)(i)
日が少し雲に隠れたところで東葉車。
05系ワイドドア車(原木中山)(i)
18Fで写ったLED表示機はこの15Fでは切れる。メーカーによって違うとよく聞くが。
JR E231系800番台(原木中山)(i)
2本目のJR車はミツK5。
背後の古いマンションは昭和からずっと建っていて今も現役。
地下にあったパチンコ店はいまは民営の有料駐輪場に化けている。
05系(原木中山)(i)
40F。またLEDは切れてしまった。
05系(原木中山)(i)
42F。05系の表示機は13Fまでが幕式、14F以降が3色表示LEDで新造。現在13Fまでは東西線を去り、14F以降はフルカラー&白色LEDへの交換が進んでいる。
JR E231系800番台(原木中山)(i)
最初に迎えたミツK4。妙典と反対側の隣駅・西船橋からすぐ戻ってきた。
JR E231系800番台(原木中山)(i)
ミツK5は快速となって戻ってきた。
05系ワイドドア車(原木中山)(i)
3本目はミツK2だった。この編成は前回も当駅で会っている。
なお恥ずかしながら記事を書くにあたり初めて知ったのが、最初に秋田から帰ってきたミツK3(2023.1.31出場)も▼マーク付になっているという話。おそらくこれまでの通勤中に無意識で見かけているだろうな。
15000系(原木中山)(i)
東葉勝田台から来たこの列車に乗る。西船橋始発の列車より混んでいる。
05系(妙典)(i)
妙典で始発列車をお出迎え。
通な利用者たちがパラパラと待っている。この中野寄りは改札口から遠いため、1ドアに1人いるかいないかという感じ。
05系05736車内(妙典)(i)
この編成の車内は住友林業のさわやかな森の写真の広告で埋め尽くされていたが、なんと大手町でのりかえた丸ノ内線2000系の列車も同様だった。
黄緑と7777
池袋での通院は定期的な経過観察なのであっさり終了。千歳烏山にある飲食店に行ってみたくて、山手線で新宿に出て、京王線の改札を入る。
8000系(新宿・2023.2.4)(i)
この2枚はキャプションの通り2月4日のもの。公開するタイミングがなかった。
実は今回と同じ目的で来たのだが、iPhoneに着信履歴表示があることに気づいた。池袋のクリニックで機械精算後にクレジットカードを忘れてきてしまい、その連絡だったのだ。
改札口でICカードの入場記録を消してもらい再び山手線に揺られ池袋に戻ったが、往復の山手線の混みっぷりは、私の再び新宿へ向かう気力を奪っていた。
7000系(新宿)(i)
今の時間に戻す。各停で停まっていたのは7000系。デュアルシートの2代目5000系が登場し、7000系も廃車が始まっている。
おでこの表示機が急行灯も含んでフレーミングされているこの顔の車両は、側面がビードプレスで7000系では車齢が若いほう。
8000系(新宿)(i)
私が乗るのはこちら8705Fの特急。
京王は乗り慣れていないのだが、千歳烏山は特急では3つ目か。
8000系(千歳烏山)(i)
新宿行のライトグリーンの8000系とすれ違い「あっ!」と思った直後、千歳烏山に到着。
私には特急系が停まる印象がなかったが、2015(平成27)年9月25日から準特急が停車、準特急が廃止になった2022(令和4)年3月12日以降は特急が停まるようになったようだ。
駅から近い飲食店では待ち時間もほとんどなく、食事はすんなりと終了。
ライトグリーンの8000系に会えるかもと思い、とっとと駅に戻る。上りホームの八王子方端っこに着いたところで下りの接近放送が流れ、現れたのが…
8000系(千歳烏山)(i)
超グッドタイミングの8713F。昭和のデザインを継承するHMを付けたステキな姿だ。
8年前にこの編成を狙って撮ったのが同じく当駅。位置は新宿側の先頭だったが、光線条件がイマイチだったな。
前月に銚電で本物のグリーン車を撮ったのがきっかけだった。
7000系(千歳烏山)(i)
都営新宿線直通列車を待つが、その前に超ラッキーナンバー・7777号が来てくれた。こちらは10年ぶりの再会。
7777号は新製時の番号ではなく、編成替えの改番で生まれた番号だ。
8000系(千歳烏山)(i)
各停高尾山口行。8732F。
都営10-300形(千歳烏山)(i)
京王線で黄緑というと、たくさん走っているのはこちら都営新宿線10-300形。55F。
LEDがキレキレだが、区間急行京王多摩センター行。橋本まで行かないのね。
調べると、京王多摩センター—橋本間は近年、需要に合わせた本数調整が行われた模様。
都営10-300形(千歳烏山)(i)
直後に上りも10-300形が来て、これに乗り込む。59F。
都営10-300形(九段下)(i)
地元市川市内である終点・本八幡まで行ってしまうか、東西線接続の九段下で降りるか迷ったが、今回は後者を選択。
都営10-300形(九段下)(i)
次の列車は65F。
都営新宿線は今や昼間は急行がなくなって各停のみになったが、編成は8両・10両混在から全列車10両に統一された。
都営10-300形(九段下)(i)
すぐに東西線にのりかえなかったのは西行きの列車も撮りたかったから。ご覧のように新宿方端っこは間柱が途切れているのだ。
やって来たのは4編成のみ残る初期車顔の47F。奥にはメトロ半蔵門線ホームに現れた東急5000系。東急車輌の独特な台形断面の車体は共通しており、いとこ同士のようなものだ。
都営車のほうは前頭マスク両脇にリブがあって掴みやすくなっている。
…最後はボケてこの記事はおしまい。
ちなみに当記事が当ブログ1,000件目の記事でした。さらり。
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