ジョイトレなつかし写真のつづき。
ふれあいみちのく
12系「ふれあいみちのく」(東十条・1989)
撮影当時気にもしていなかったが、こないだの記事と比べてみると、この写真の展望車はカーテンになっている。
こちらは1号車となる洋風展望車で、障子は6号車の和風展望車なんだそう。
オリエントサルーン
EF65 1020+12系「オリエントサルーン」(尾久・1995.10.30)
夕方の尾久でオリエントサルーンが赤羽方へ進む。尾久駅は上野方から南東〜北西方向に進む形になるので、夕方の日当たりはこんな感じになる。
江戸
12系「江戸」+20系(王子・1989.8.7)
「江戸」の後部に20系客車が3両付いたナゾの編成。電源車のみ3本帯健在。
新潟お座敷&サロン佐渡
EF64 1052+12系「新潟お座敷&サロン佐渡」(王子・1989)
「新潟お座敷&サロン佐渡」は上沼垂所属で“カヌ座”と呼ばれた編成。7連の真ん中の1両がサロン佐渡で、ほかはお座敷車。
もともと1980年代前半に各鉄道管理局に登場したお座敷車は愛称がなく、趣味人の間ではそういう呼び方をするしかなかった。多くは塗色変更やリニューアルで愛称付に移行したが、カヌ座やナコ座のように名前がつかないままだったものもある。
EF64 1052+12系「新潟お座敷&サロン佐渡」(鶯谷・1989)
2枚目は再掲。その前回掲載の記事にあるとおり、この編成が上京することは稀で、この日も撮影者が多かった。
記憶が曖昧だったが、貫通扉を開けている写真と王子で後追いを撮っていることを考えると、この鶯谷の写真は尾久への推進回送の写真のようだ。
EF64 1052+12系「新潟お座敷&サロン佐渡」(王子・1989)
EF64 1052+12系「新潟お座敷&サロン佐渡」(上野・1989)
1981(昭和56)年に12系標準色のままで登場した「新潟お座敷」だが、後から中間にサロン佐渡1両をを加えて7連になった。サロン佐渡は唯一側窓が固定窓で統一されているのですぐに見分けがつく。
サロン佐渡を加えた後、写真の後年には「白樺」に似た深緑に金帯に塗り替えられたり、「サロン東京」7連が「ゆとり」6連へと変身した際に外された中間車1両を組み込み2両目のサロン佐渡としたり、編成が5連に短縮されたりと移り変わりが激しかった。
やすらぎ
EF65 1026+12系「やすらぎ」(品川・1988.4)(d)
PFに牽かれてきた「やすらぎ」が品川臨時ホームで一休み。原画の色が酷いのはご容赦を。
そして、うしろに別の機関車登場。
EF58 61+12系「やすらぎ」(品川・1988.4)
こんどは61が牽引。最後尾の展望もいいが、61の顔を見続けながら乗るのも楽しいだろうな。
EF65 1015+12系「やすらぎ」(上野・1988)
たぶん上野だと思うのだが…詳細記録なく…。
12系「やすらぎ」(沼津・1991)
12系「やすらぎ」(富士・1991)
友人と東海道線にひたすら乗って富士駅に行ったことは憶えているが、何が目的だったかを憶えていない。そのとき撮った他の写真はまた別の機会に。
高崎所属の「やすらぎ」が富士に来たのは一体何度くらいあったんだろうか…。
くつろぎ
DD51 ???+12系「くつろぎ」(下総中山・1989)
「やすらぎ」の高崎の先輩である「くつろぎ」の写真はこの2枚しか撮っていない。総武線を走ったのは珍しい記録だとは思うが。
機関車の車号は画質が悪くて判読できず。佐倉区担当だとすると、781・874・1801〜1805のどれかのようだ。
「くつろぎ」はもともと青地に白(クリーム)帯で登場したが、同じ高崎に「やすらぎ」が登場した後、写真の茶色と金色の派手だか地味だかわからない色に変更された。
(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)
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