2018年10月27日土曜日

18.10.27 家出

きのう(26日)の朝、通勤の車窓から見えたもの。
それは、深川検車区行徳分室にぽつんと居た2両の車両であった。
24日に『2nd-train』で「03系03-130F深川検車区へ陸送」との情報が出ていたので、すぐにそれとわかった。

土曜であるきょうの朝、さっそく確認に出かけた。


かくれんぼ

どうやら深川そのものではなく、この行徳分室…妙典の江戸川端の車両拠点まで陸送されたようだ。
川の側から見たい。ただし10時台からJR車がその川沿いの1番線に入るのが土休日の通常の流れで、その状態だと03系を眺められなくなる。
それを踏まえ朝出かけたが、2番線に23Fがパンタをたたんで寝ていた。


05系・03系(深川検車区行徳分室)

05系と03系が並ぶ、不思議な光景。03系は3番線に居る。
03系は北千住以北でメトロ8000系・08系と、中目黒で7000系・10000系と、かつての直通先で現在も鷺沼検車区への回送時に通る東急東横線田園調布以南では9000系と顔を合わせる。北千住—五反野間では千代田線の各車両とも近づいたし、今回また新たに他路線の車両と対面したことになる。


JR E231系800番台・15000系・05系(深川検車区行徳分室・2012.9.2)(再掲)

6年前の同じ位置の風景。1番線は昼寝中のミツK2。2番線は今回と同じくパンタをたたんでいる61F。
そして3番線は東西線では引退済みの06Fの中野寄り6両。西船橋寄り4両は建屋の奥のスペースに分けられていた。
このあと06Fは千代田線北綾瀬支線専用車として3連に整備され活躍中だ。


0系(深川検車区行徳分室)

河津桜の季節以来7ヶ月ぶりに行徳分室に近づいた。その7ヶ月前は、1番線の脇に鋼板が立ち並んでいた。
当時記事には「線路を増やすのかな?」というまぁないだろう的な話を書いたが、結局はコンクリートの基礎設置も含めたフェンスの置き換え工事だった。
車庫設置以来使っていたと思われる低めの金網から、高い柵に変わってしまった。


05系(深川検車区行徳分室)

柵と23Fが阻む中、見えたのは03系のアンテナ。
東西線系統では使っていないタイプなので、こんなアングルでも外様感がにじみ出ている。



03系(深川検車区行徳分室)

一部高くなっている土手からでも、こんな程度しか見えない。03系30Fであることは確認できた。


(深川検車区行徳分室)

保線車両。オーストリアのPlasser & Theurer(プラッサー&トイラー)社のもの。
つまるところ、先月しな鉄で見た2両(坂城軽井沢)と同じメーカー。
この行徳分室にいるのは初めて見た…と思う。少なくとも写真は初めて撮った。
行徳分室では車両の解体も行っており、この保線車両より奥の位置がその現場となる。


05系アルミリサイクルカー(深川検車区行徳分室)

車庫の反対側に回ろうと上流側へ向かって歩いていると、24Fが奥から出てきた。



05系アルミリサイクルカー(深川検車区行徳分室)

なぜか表示器が真っ赤になっている。2枚目の側面もシャッタースピードが合ってないだけで、実際は真っ赤。


05系アルミリサイクルカー(深川検車区行徳分室)

本線のB線外側につながる引き込み線へ進み、先頭が坂道停車となる位置からスイッチバック。



05系アルミリサイクルカー(深川検車区行徳分室)

当初居た番線から別の番線に移った。こんな表示の姿を見られるのも車庫ならでは。


15000系(深川検車区行徳分室)

反対側に来たが…撮影位置のフェンス他いろいろ制約が。



03系(深川検車区行徳分室)

この03系は東武佐野線沿線にある北館林解体所から中間車を残し「家出」してきた。
Tc車2両だけということで、地方鉄道に移るとしても電動車改造が必要となる。

同じ日比谷線を走った東武20000系列の一部は20400型(通称20400系)に整備され北関東地区の8000系の置き換えに活用されているが、この03系の行く末はナゾのままだ。01系が移った熊本電鉄に行くとの噂はある。
そもそもなぜ行徳に来たのかのかもナゾではある。かつて5000系90Fが引退後に訓練車として使われたこともあったが、この03系は自走できない。

18m車は地方の電鉄にとっては欲しい車両であるが、東急1000系が各地へ行き渡り、さらには養老鉄道が今さら東急7700系を譲り受けた。
7700系は初代7000系のなれの果てであるが、養老鉄道では3連のまま使えることから改造費用が安くて済む。

ほかに東京から18m級車を譲り受けて使っている会社と言えば、弘南、福島、上毛、北鉄、長電、上田、アルピコ、富士急、岳南、豊橋、伊賀、水間、ことでん、伊予鉄、一畑…といったところか。「又譲渡」では銚電、大井川、岳南(最近富士急から元京王5000系が移った)もある。
鋼製車ばかりのことでんでは軌間が異なるが車両更新に活用できそうな気もする。ただアルミカーは踏切事故があると修理が大変というのもあるな…。事実、インドネシア以外では熊本の01系ぐらいしか地方へ移ったアルミカーは思い浮かばない。

メトロでは今後丸ノ内線02系も続々引退するわけで、活用が注目される(…あ、丸ノ内線といえばアルゼンチンがあるね)。



03系(深川検車区行徳分室・2018.10.28)

翌28日追記。
また朝行ってみたが、2番線は23Fが停まったままでパンタを上げ「各停 津田沼」表示をしつつも動く気配なし。
このアングルではきのう59Fが居た6番線が空いて、架線柱が絡むが2両がすっぽり見えるようになったので改めて撮った。
川の側に回るのはやめて、とっとと帰ったのであった。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

2018年10月20日土曜日

18.10.20 時間つぶれ

E531系の常磐線普通列車に乗り、我孫子から4つめの佐貫で下りる。
時間つぶしネタに都合のいい、短距離路線の関東鉄道竜ヶ崎線を訪れることにした。

前記事同様、今回も写真はすべてiPhoneで撮影したもの。


まさかの昭和形

駅の線路際に張られた横断幕で知ったが、JR佐貫駅は再来年に「龍ケ崎市」駅に改称されるんだそうだ。


(佐貫)(i)

駅舎正面にも見えたので、上屋の外まで出て順光で撮影。

関鉄の路線名と駅名はともに「竜ヶ崎」と表記するが、自治体名は「龍ケ崎」。
佐貫は龍ケ崎市の代表駅であるが、すでに関鉄の竜ヶ崎駅があるために「市」を付けて区別する必要があるわけだ。 
“さぬき"というとどうしても讃岐・香川のイメージがあることも絡んでるかも。
あとは、内房線の佐貫町と混同され、マザー牧場に行こうとした人がこちらに…なんて悲しいこともあるとか。

写真の左に関鉄の佐貫駅がある。常磐線からののりかえで進んでくると、どこかのマンションの裏口通路を歩くような感覚で進み、壁に記された案内通り左に入ると、突然改札口が現れる。
PASMO・Suicaの簡易改札機があり、タッチして入場。駅員はいない時間帯のようだ。



キハ532(佐貫)(i)

ホームの先にすぐ踏切があり、その先は左カーブ。
踏切が鳴いたところでホーム端に行き撮影したが、iPhone…というかスマホ撮影ではやはりズームの画質が落ちるなぁ。
…それよりも車両っ。白地に赤青帯の平成の車両が来るとばかり思っていたが、こんなのが来た。「走る美術館」のHMステッカーも付いている。


キハ532(佐貫)(i)

キハ532形。竜ヶ崎線用の車両で、国鉄キハ20形の機器を流用し新造車体を載せた1形式1両だけの存在。
常総線にキハ0やキハ310という似たスタイルの車両がいるが、パッと見で違うのは、正面方向幕がないこと、ヘッドライトとテールライトが分かれていること、側面ドアが片開きであることなどだ。



キハ532(佐貫)(i)

昭和56(1981)年製。関鉄は京成グループであり、車内は京成赤電の片開きドア世代に似たカラースキーム。初めて乗るのに懐かしさを感じる。


キハ532(佐貫)(i)

2002(平成14)年に冷房改造を受け、一部の荷棚が潰されている。


キハ532(佐貫)(i)

まさかのJNRロゴとの遭遇。キハ20のものをそのまんま用いているのか。


キハ532(佐貫)(i)

「走る美術館」の作品はこんな形の展示。


キハ532(佐貫)(i)

運転台が右側にある。…でも入線のときの写真では進行方向左側になっていた。
つまり竜ヶ崎方が進行方向右側、佐貫方が同左側と、同じ側窓側に運転台が付いているのだ。


キハ532(佐貫)(i)

3駅しかない竜ヶ崎線のステキな列車位置・方向案内機。いつの時代から付いているんだろうか?



キハ532(佐貫)(i)

サボを挿した風のペイント表記。
「貫」の字は、上のかんむり部分の「横棒出っ張り」を、元は一番下の棒が担当していたと思われる。
その出っ張りを消し、真ん中の棒の出っ張りを描き足したものの、丸ゴシックの丸みを付けなかったためにヘンな感じになっている。
これも佐貫駅→龍ケ崎市駅への改称で解消される…と思ったら、関鉄の駅は佐貫のままでいくそうだ。
むしろ 龍ケ崎市—竜ヶ崎 ではわけがわかんないか。



キハ532(佐貫)(i)

出入口にはステップが付いている。



キハ532(佐貫)(i)

逆光のせいで、こちら側はこれまた京成赤電っぽいクリームの写り方になった。
キハ532は土曜の昼間が指定運転時間となっているそうだが、私は何も知らずに遭遇した。


7-min

進行方向左側先頭のロングシートに着席。かぶりつく。


(佐貫—入地)(i)

佐貫を出て左カーブを曲がると、戸建て住宅が並ぶ区間を進む。
乗務員室の塗装部分はかなりお疲れ感が見える。


(佐貫—入地)(i)

乗ってるときは気づかなかったが、ベビーカーのお母さんが手を振っていた。


(佐貫—入地)(i)

住宅が消え、ローカルな雰囲気に。線路は直線区間が多い。

棒線中間駅の入地(いれじ)駅を経て、竜ヶ崎駅が近づく。



(入地—竜ヶ崎)(i)

佐貫からここまで分岐器は一切なく、車庫・検車場もこの駅にある。
私が想像していた赤青帯の気動車・キハ2000形がいた。



キハ532(竜ヶ崎)(i)

抜けの良い駅周辺と青空がすがすがしい。
2枚目が終端側からの写真で、途中の入地駅を含めホームはすべて同じ側に設置されている。
そんなわけで、運転台も前後ともホーム側にある。JR和田岬線と同様の状態だ。
調べると、竜ヶ崎駅はかつては貨物扱いがあり転車台やたくさんの側線もあったが、貨物廃止や1974(昭和49)年の駅舎建て替えで段階的に縮小され、ホームは長い島式1面2線から1線廃止・短縮により現在の短い1面1線になった。
この車両の製作は前述の通り1981年だが、一応ドアは反対側にも設けたそうだ。


キハ2001(竜ヶ崎)(i)

ホームからキハ2000形キハ2001を撮る。
営業時に開くことがない側のドアを開けている。まるで、緊張を解いているようだ。


(竜ヶ崎)(i)

出場する。竜ヶ崎駅舎はなんだか倉庫やホームセンターっぽい雰囲気。

車庫(機関区)を覗いてみよう。



キハ2002(竜ヶ崎)(i)

短い屋根のある線路にはキハ2002がいる。
龍ケ崎市のキャラクターをあしらったラッピング車両『まいりゅう号』となっている。
キハ2000形は2001・2002の2両があり、ともに1997(平成9)年に製造された。もう21年経っているのか。
『まいりゅう号』は2014(平成26)年からだが、昨年ラッピングがリニューアルされた。
第2・第4日曜日は基本的にこの2002が運用に就く。



キハ2002(竜ヶ崎)(i)

小諸で撮ったのと同じレール終端の形だが、曲げたレールの下に角材があるのは初めて見たかも。




キハ2001(竜ヶ崎)(i)

キハ2001がいる線路にはナゾの機械。美顔器か?
竜ヶ崎線はキハ532を含めた3両体勢。2両編成運転もあり、3両からどの組み合わせでも併結できるようになっている。


いれじへ

竜ヶ崎駅には戻らず、中間駅の入地まで歩くことに。
線路に道路が並行している区間もある程度あるので、そこで竜ヶ崎行の列車を撮れればと思う。


(入地—竜ヶ崎)(i)

竜ヶ崎線には5ヶ所の第四種踏切(警報機・遮断機なし)がある。


(入地—竜ヶ崎)(i)

田んぼの上に秋の空が広がる。



キハ532(入地—竜ヶ崎)(i)

ちょいカーブの脇にいたところでキハ532が登場。



キハ532(入地—竜ヶ崎)(i)

iPhoneだと引きつけて広角で撮れるが、さすがに近くで見上げる形だと末広がりになるな。


(入地—竜ヶ崎)(i)

小さな橋梁があった。


(入地)(i)

入地駅の踏切に到着。佐貫方を見る。この背中側が駅。
私が歩いているあいだ、キハ532はすでに佐貫行で戻ってきて当駅も出てしまっている。



(入地)(i)

入地駅。踏切の脇からホームへ上がって行く構造だが、道路に面した位置には駅名標は一切ない。
青いブースにICカード端末があり、「入場」にカードをかざして入った。
この感じは7月に訪れたことでん予讃線を思い出す。
ただし当駅には券売機はないので、ICカードがない人は手ぶらで列車に乗ることになる。




(入地)(i)

ホーム中腹にコンクリート造の待合室がある。
電柱の縦書き、独立の表示板、待合室脇の白看板、待合室正面の紺看板…駅名標のバリエーションが多い。
車内から見たとき、白看板と紺看板が見えたのでてっきり待合室が「駅舎」なんだと思っていたが、ただベンチがあるだけの小屋だった。
待合室の中には当駅の時刻表や佐貫駅の常磐線時刻表、関鉄の情報なども掲示されている。佐貫へも竜ヶ崎へも運賃150円と書いてある。
第四種踏切が5ヶ所、というのもこの待合室の中の掲示で知った。


(入地)(i)

独立の駅名表示板と同じスタイルのフレームに付けられているのは漢数字縦書きの時刻表。
レトロ感を出したいのかよくわからないが、待合室内の時刻表のほうがはるかに読みやすい。
なお、・が付いている列車は自転車持ち込み可能な「サイクルトレイン」。朝夕の混雑時を避けた指定となっている。


キハ532(佐貫—入地)(i)

列車のライトが見えたので、一旦駅から出て道路から迎える。


キハ532(入地)(i)

私以外に駅にはおらず、乗降ともなしだった。乗ってきた列車のときは待合室に客がいるのが見えた。



キハ532(入地)(i)

10分後、竜ヶ崎からの佐貫行が到着。これに乗る。
気ままに動いていたが、待合室で待つ間にダイヤを調べた。この列車が佐貫で接続する常磐線に乗らないと、整体の予約時間に間に合わないことが判明。危ないあぶない。


キハ532(佐貫—入地)(i)

最後尾運転台背後の席が空いていた。スイッチがずらりと並ぶ。


キハ532(佐貫—入地)(i)

竜ヶ崎方運転台。コントローラーの筐体だけ緑になっている。


失敗

佐貫に到着。
一旦トイレに入ってから改札口のIC端末にPASMOをタッチしたら、チャージ不足でエラーに。
…そういえば入地でタッチしたときに残高が128円をという表示が出ていた。てっきり150円が引かれた後と思っていたが、そうではなかったのか。

困った。駅員がいない時間帯なので、目の前にあったインターホンで竜ヶ崎駅と話す。
「きっぷ回収箱に150円を入れてください。ちょうど150円なければ、券売機できっぷを買って入れて下さい」
との指示を受ける。言われるがままにきっぷを買って箱に投入。
券売機の脇にチャージ機があったので補充をし、やれやれ…とエスカレーターでJR佐貫駅に入ると、列車の接近放送が聞こえてきた。
小走りで改札機を通ろうとしたら、またエラー…。あ、入地で入ったあと出場記録がついていないのか!
有人窓口…、老人男性がパンフレットの説明を女性駅員から受けている!

…列車は出てしまった。チャージさえやっておけばこんなことにはならなかったのに。
よくよく考えれば、竜ヶ崎線を出るときにチャージしてから「出場」にタッチすれば済んだのだ。言われるがまま、チャージ機の先にある券売機できっぷを買ったのも失敗だった。

老人男性は改札内に入ることなく、トロトロと去って行った。
女性駅員に顛末を説明し「精算は済んだんですね」と念を押されつつ入地駅の入場記録を解除してもらった。
ホームのベンチに座って整体院に連絡し、結局明日の予約に変更になった。予約は各時間埋まっているのだ。
…ま、プチ旅は面白かったのでそれはそれでよかったが。

1本遅い普電で我孫子へ出て、緩行線へのりかえ。
いつものカメラもないのでこのまま撮り鉄を続けようとも思わず、帰る。



E233系2000番台(我孫子)(i)

まだ撮れていないE233系の向ヶ丘遊園行を撮った…が、やっぱりiPhoneではLEDが切れちゃう。
ドア上ディスプレイを撮ってお茶を濁す。
常磐緩行の路線記号は「JL」。先のJは本来JRのJなんだが、この系統に限っては常磐のJも被せて「Joban Local」的になっている。
JR東日本首都圏エリアの駅ナンバリングはおととし10月に導入された。
京浜東北線は「JK」、中央快速線は「JC」、湘南新宿ラインは「JS」…他の意味みたいだね。常磐快速はおしゃれな「JJ」、湘南新宿ラインにSを撮られた中央・総武緩行線は「JB」、山手線に「JY」も獲られてKもYも使えない京葉線は「JE」となった。
京浜東北線「JKT」、中央総武緩行線「JSB」…みたいに3文字のほうがアイデンティティが保てたように思える。
…あれ? なんだか大所帯にしがちなプロデューサーが背後にいるみたいになっちゃったぞ。



E233系2000番台(北柏—我孫子)(i)

そんなバカなことを考えながら、無人の先頭車・クハE232-2005の車内を記録。あとは寝て帰った。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)