2018年7月21日土曜日

18.7.17 びぜん鉄

前記事からの続き。

岡山県に入って最初の駅・児島から茶屋町までは高規格の複線で、マリンライナーは最高130km/hでカッ飛ばす。
特急列車に乗っているような爽快な感覚で進んで行くが、茶屋町を出ると宇野線区間に入り、線路は単線に収束される。

宇野線は岡山から高松への連絡ルートとして古くから機能している。
瀬戸大橋開通前は岡山から茶屋町を経て宇野まですべてがメインルートであり、東京からも優等列車が運転され、宇野から高松へは宇高連絡船がつないでいた。
113系の快速列車にもグリーン車が挿入されるなど、今からは想像もつかない時代だった。
瀬戸大橋開通で茶屋町から本四備讃線(瀬戸大橋線)が分かれ、茶屋町—宇野間はローカル線に転じた。
現在、岡山—宇野間の列車は宇野みなと線、岡山—児島・香川県内への列車は瀬戸大橋線と呼び分けられている。

茶屋町からの単線区間ではそれまでの高速はなりを潜め、地道な走行が続く。
複線区間は早島—久々原の1駅間と、交換可能駅の大元・妹尾の複線が少し長めに続く程度しかない。
岡山駅が近づくと、西側に岡山機関区が見えた。魅力的な機関車たちが集まっていた。
山陽新幹線をくぐった宇野線は山陽本線を跨いで北側から岡山駅へ入る。


4面10線??

岡山駅に到着。早速JR西日本らしい車両たちが見えるが、どれから撮ろうか…。


津山線キハ40系(岡山)

さしあたり、本数が少なそうな非電化路線の車両に目を付ける。
かつての首都圏色を彷彿とさせるタラコ色のキハ47の2連は「玉柏(たまがし)」という行先を示している。
まったく知らない駅名だが、案内表示から津山線の列車と知る。

津山線というと、通学客のために岡山の次の法界院駅との間の1駅間の列車が複数設定されていることは以前から全国時刻表で知っていた(いまは1往復のみになってしまったようだ)。
玉柏駅はさらにその2つ先であるが、実は7月豪雨による影響で全線不通だった津山線はこの17日から運転を再開。あいだに牧山駅を挟む玉柏—野々口間はこの時点ではまだ不通で、普段設定のない玉柏行が登場した。


津山線キハ40系(岡山)

JR西日本では2009(平成21)年終盤から塗装工程の合理化→経費節減のため、塗装車の単色化を進めた。
電車に関しては京都が抹茶色、和歌山が青緑、北陸が青、能登線が赤、山陽地区が黄色となり、気動車は地域に関係なくこのタラコ色(朱色1号)が採用され、キハ40系は登場時の色に戻った。



2000系特急「南風」・津山線キハ40系(岡山)

津山線のキハ40系と並ぶのは前日善通寺市内で複数撮った「南風」。この列車は「11号」。


山陽本線115系(岡山)

こちらは「末期色」とも表現される山陽地区の黄色い電車。
「真っ黄色」をもじったもので、国鉄形車両ばかりで新車が入らない山陽ローカルに対する揶揄であった。
近年227系が新製投入され状況は変わってきている。
実は岡山到着時に「回送」表示の227系の姿があったのだが、キハ40系に気をとられているうちに去ってしまった。基本的に岡山には来ないようだが、幻ではないはず…。
先頭はクハ115-1152。通風器撤去やパノラミックウィンドウの1枚ガラス化などで形態的にも変化している。



赤穂線213系(岡山)

赤穂線の列車。
青帯の213系は岡山地区ならではの車両。瀬戸大橋線での使用を前提に整備された。
電動車は1M方式。もともとは横須賀線・総武快速線の急勾配がある東京トンネル対応で211系からMT比率を上げた新車を導入するために考えられていたものが活用された。
車体は211系をベースに2ドア・転換クロスシートとした形。登場当時初めて写真を見たときは、なんて優雅な車両だろうと思ったもんだ。
のちJR東海も湘南色で213系を導入。現在飯田線で活躍中だ。



赤穂線213系(岡山)

213系は快速「マリンライナー」で使用されたあと、現在使用の新造3ドア車にその座を譲って岡山地区ローカル運用に転用された。
こちらの写真の車両は転用時にサハから先頭車改造を受けたもので、鋼製の先頭部ユニット部がすべて白く塗られ、顔も後退角がなく平らになっていて、原型先頭車とは異なった雰囲気を出している。




山陽本線115系(岡山)

こちらは体質改善工事を受けている115系。先頭車はクハ115-2110。
張り上げ屋根をはじめ、とことん角を取った印象。
最近使用をやめたという正面方向幕がグシャグシャなのが残念。



赤穂線213系(岡山)

切り欠きの7番線には瀬戸大橋線の各駅停車・児島行が入線。



赤穂線213系(岡山)

2連にクハを増結した3両編成。


5000系+223系快速「マリンライナー」(岡山)

213系に代わって「マリンライナー」の座についた5000系。
213系時代は平屋のパノラマグリーン車が使われていた。
この列車は6番線。



8000系特急「しおかぜ」(岡山)

こちらは8番線の特急「しおかぜ13号」。213系普通列車の背後にこうして上位列車たちが停まっている。
松山方流線型先頭車8000形は半室グリーン車で、赤が配色されている。
高松駅留置の8000系L編成の8000形は撮れなかったので、これが初撮影。



8000系特急「しおかぜ」(岡山)

「しおかぜ13号」はぐにょぐにょと体をクネらせながら多度津へ向けて出て行った。


(岡山)

マリンライナーのいる6番線を神戸方へたどっていくと、6番線も切り欠きだということがわかる。歴史的にはむしろ5番のりば部分を新たにせり出した感じなんだろう。
5番線はこの時間帯の発着がない様子で人気(ひとけ)がない。観光列車「ラ・マルせとうち」はこのホームを使うようだ。
岡山駅在来線は4面10線であり、5〜8番線が1面の島式ホームに集まるヘンテコな構造になっている。


(岡山)

9・10番線は非電化路線のホーム。桃太郎線という愛称はこのとき初めて知った。


桃太郎線キハ40系(岡山)

桃太郎線の列車がやってきた。
宇野線の北側に沿うように岡山駅に入ってくるのが桃太郎線。正式名は吉備線だ。
かつては岡山駅をまたいで津山線の法界院までついでに乗り入れる列車も設定されていた。
この吉備線は岡山市内の町の足として活用するためLRT化することが4月に決まったそう。岡山—総社の20.4kmの路線であるが、どの範囲でLRTに変わるのか? 通しで利用する客への影響はないのか? 等、素人にはよくわからない点が多い。



桃太郎線キハ40系(岡山)

手動で幕が回り「総社」が掲示された。総社というと7月豪雨の影響が大きかった自治体の一つ。
津山線同様、この日から運転再開している。
写真の2両編成はキハ40 3001とキハ40 3002の連番。
キハ40の3000番台は改造番台。キハ40 2000番台をオールロングシート化したもので、3001〜3005の5両が登場した。
JR東海にもエンジン換装でキハ40 3000番台が登場。3004以外の4両は番号が重複したが、現在はJR東海のキハ40系自体が全廃されている。



2000系特急「南風」(岡山)

「しおかぜ13号」が去った8番線に現れたのは「南風13号」で、土佐くろしお鉄道の終点・宿毛(すくも)まで行く列車。貫通型先頭車はさきほどの「11号」より1番あとの2113だ。
14:05に岡山を出て、高知には16:39に到着。10分停車を経て高知を出て、宿毛には19:04に着く。高知がちょうど中間点という感じだ。
「南風」は基本は高知までの運転で、その高知で特急「あしずり」に連絡する。「あしずり」分も取り込んだ岡山—宿毛間の列車は1往復のみで、運行距離318.0kmはJR四国の車両を使う特急では最長距離だそう。



2000系特急「南風」(岡山)

8000系同様、こちらも非貫通先頭車は半室グリーン。グリーン席は3列シートになっている。
合造車の場合、普通席と明らかな差がないとプレミアム感が出ない。



赤穂線115系(岡山)

クハ115-1118を先頭とした赤穂線播州赤穂行。
赤穂線は相生—東岡山間の路線で、相生—播州赤穂間は京阪神のアーバンネットワークに取り込まれ運転系統も分離されている。
播州赤穂以西は山陽本線岡山発着が基本で、岡山からさらに山陽本線を西に進んだり、伯備線や瀬戸大橋線へ乗り入れる列車もある。
赤穂線をはじめ、山陽本線には呉線、岩徳線、宇部線といった「分かれて戻ってくる」別ルート的な支線が多い。


2000系特急「南風」・津山線キハ40系(岡山)

津山線の次の列車が入線し、再び「南風」とのコラボ。桃太郎線の列車も見え、気動車3本の並びになった。


津山線キハ40系(岡山)

キハ40系も延命N40工事で垢抜けているが、張り上げ屋根にはなっていない。



津山線キハ40系(岡山)

キハ47 29。車内を覗いたら、座席は旧来のボックスのまんまであった。


津山線キハ40系(岡山)

こちらはキハ47 18。写真を振り返ってみれば、この編成は当駅で最初に撮った列車と同じものだった。
当駅から4つめの玉柏折返しなので不思議ではない。つまりはこの編成のピストン運転になってるわけだ。

ということで、津山線に始まり津山線で締めて在来線撮影は終了。
このある程度の量がと撮れそうな時間を空けて東京行の新幹線を選んでおいた。



700系7000番台(岡山)

ホームに上がって最初に見たのは、22番線に博多方から入ってきた当駅始発らしき「ひかりレールスター」編成・700系7000番台。撮るのは初めてだ。



700系7000番台(岡山)

編成は7000番台トップナンバーのE1。
20世紀の終わり・2000(平成12)年に運行を開始した「ひかりレールスター」は、指定席車が4列シートであったり、4人用個室が4室あるなどの特徴を備える。
かつては毎時1・2本は設定があったそうだが、九州新幹線直通の「さくら」が同じ停車駅パターンで登場すると徐々に本数が減り、なんと現在「ひかりレールスター」としての列車は1.5往復の設定しかないという。



700系7000番台(岡山)

誇らしげなロゴは健在だが、この列車は「こだま」だった。


N700系(岡山)

こちらは24番線に入ってきた列車。
私が乗る「のぞみ30号」は23番線。入線を撮ろうとしたが、残念な中年女性客に思いっきり邪魔されてしまった。
車両はN700系だった。


おまけ

新幹線では京都まではいつの間にかガッツリ寝ていて、その先は寝たり寝なかったり。
東京駅には17:30着。平日でラッシュ時間帯にかかっているため、マイラインのメトロ東西線には行かず、すべてが始発列車の京葉線をチョイス。


武蔵野線209系500番台(西船橋)

乗ってきたのはケヨM81。中央・総武緩行線から直接移ってきた編成で、地元なのに今さらながら初撮影だ。


京葉線E233系(西船橋)

となり9番線には夕方に設定されている京葉線用10連の西船橋顔出し列車。205系の時代に設定されたものだ。
京葉線E233系もかなりひさしぶりに撮ったな。

これにて旅の長い記事群は終了。
この記事は実際は8月5日にまとめているが、津山線はこの8月5日から全線運転再開となった。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

18.7.17 さぬき鉄・10

引き続き、高松駅。


お残し3兄弟





8000系特急「いしづち」(高松)

こちらも前日に続いての「いしづち3号」。
ストライプが入る車体に斜めの影が入って面白い画に。



予讃線7200系(高松)

7200系の普通列車。到着時には通勤客がドッと下りてきた。



8600系特急「いしづち」(高松)

9:40発の「いしづち5号」。


(高松)

「いしづち5号」は本来は松山行だが、案内表示では多度津行となっている。
本山—観音寺間の橋梁が豪雨で歪んでしまったために不通。普通列車運転は本山までで、本山から観音寺へはバス代行となっているが、特急利用者に対応し多度津から観音寺までの直行代行バスも立てられている。


予讃線7200系「サンポート南風リレー号」・223系+5000系快速「マリンライナー」(高松)

快速並び。



予讃線7200系(高松)

R12編成を側面から眺めると、旧車号の跡がくっきり残っている。
121系時代に一段上昇式だった側窓は、下段固定・上段スイング式に改められている。


高徳線キハ40系(高松)

本日もキハ40系に会えた。前日と同じ列車である。
こちら側のキハ47 171は積年の汚れが目立つ。



高徳線キハ40系(高松)

本日はキハ47同士のキレイな2連。
徳島方はキハ47 173。2番違いの編成か。


高徳線キハ40系(高松)

入庫でございます。


高徳線1500形(高松)

切り欠き2番線。前日は1200形が最後尾だったが、本日は1500形。
ワンマン運転の場合は方向幕に行先と併記になるのか。
方向幕あり・若草色スカートは2次車のみの組合せ。3次車からスカートは緑色となる。



2000系特急「うずしお」(高松)

「うずしお7号」は3連。前日撮ったのは「5号」で2連だった。





予讃線7200系(高松)

前日より1本遅い普通列車・4両編成の多度津行に乗車し、3日間すべてで眺めた高松駅を後にした。

前日は眺めるだけだった高松運転所の撮影にチャレンジしてみよう。
高松運転所は高松の次の香西駅に至る手前にあるものの高松駅に隣接はしておらず、しばらく進んで行くと上下線間が開いて敷地が始まる。


キハ185系・キハ40系(高松—香西)

乗務員室越しに高松運転所で寝ている車両を撮る。
キハ185系とキハ40系が見えてきた。


キハ40系・113系(高松—香西)

先ほどの113系。次の出番は夕方以降か?
その奥には285系の姿。寝台特急「サンライズ瀬戸」はこの日の始発駅発車列車から運転再開となったので、これはまだ再開前の留置姿となる。



キハ185系・キハ40系(高松—香西)

「うずしお」のHMを付けた剣山色のキハ185系。けんざんしょくではない。
特急「剣山(つるぎさん)」に充当する編成に施されたカラーパターンで、ノーマルの「四国色」よりも多少のメリハリが効いたものになっている。
高松運転所への入出庫を兼ねて特急「うずしお9号・32号」に充当されていて、土休日はアンパンマンカーの連結もあるようだ。
「9号」は10時台高松発なのであと1時間待っていればホームで撮れたが、昼まで私の動きは決まっている。




121系(高松—香西)

121系が3本。赤、水色、赤と縦列留置されているが、7200系化されていない残り3編成がここにまとめられている形だ。
121系は国鉄末期に登場し、のちの京葉線車両にも使われる赤14号の帯を巻いたが、分割民営化で所属がJR四国になると早速コーポレートカラーの水色に変更された。

写真の赤の編成はワンマン運転対応改造を受けた第1・第2編成で、ワンマン改造時に登場時の色に戻された。
赤帯は昨年箕浦駅脇のうどん屋でうどんをすすっている際に現れたのだが、その時に撮れていればと悔やんでいるところ。
水色は第18編成。7200系化工事はワンマン運転対応も含まれているため、121系として造られた全19編成のうち、水色もワンマン運転非対応もこの第18編成だけとなった。

前日撮ったアンパンマントロッコ編成が生き別れで両端に写っているのが面白い。トロッコ車両は屋内留置のほうがいいだろうね。


瀬戸内海を渡る

高松の隣の香西(こうざい)駅で早速下りる。



予讃線7200系(香西)

拠点・高松の次の駅であるが、早速無人駅。栗林公園北口駅からのきっぷを車掌さんに手渡しした。
高松駅からは高松運転所を経て川も渡った先で、営業キロで3.4kmと結構距離がある。




(香西)

ここにICカード使用範囲の答えがあった。
JR四国独自のICカードはなく、駅で作る場合はJR西日本のICOCAの四国版が用いられる。


(香西)

物置もしくは公衆トイレのようにも見える券売機ブース。
JR四国では「キップ」と記すのか。

当駅で下りたのは非鉄の用事2軒を消化するため。
本日も相変わらずの猛暑の中、なかなかの距離を歩いて香西駅に戻る。


223系+5000系快速「マリンライナー」(高松—香西)

マリンライナーの走行シーン。線路レベルから撮ると、屋根の高い車両は迫力が出る。
この編成の5100は青系帯の車両。


8000系特急「いしづち」(香西)

ホームに上がると、こんどは下り特急「いしづち7号」が通過。



予讃線7200系(香西)

再び多度津行のお世話に。これまた4両編成。中間の乗務員室から車掌が監視をしている。
この乗車ではホームの入場用端末にPASMOをタッチしている。


予讃線7200系(坂出)

次の目的地の坂出駅に到着。


(坂出)

立派な駅舎。高架化は意外にも瀬戸大橋線開業時ではなくその9年後の1997(平成9)年。
改札口は自動改札機はなく昔ながらのブースの中に女性駅員が立っている。そのブースの前後に出場端末・入場端末が1つずつぽつんとあるという、まことに不思議な改札口の風景だった。

この町で非鉄の用事の最後の1軒をこなし、駅に戻る。
高架下のセブンイレブンではおみやげコーナーがあり、家や職場へのおみやげを購入、さらに西船橋までのきっぷも買って入場。
入場時の駅員の改札はハサミではなくスタンプ。



(坂出)

2面3線の高架駅。
予讃線と瀬戸大橋線のデルタ線の東側に位置し、マリンライナーは当駅から瀬戸大橋線へ分かれていく。


予讃線7200系(坂出)

7200系はトイレがないことから、海を渡る間に駅がない瀬戸大橋線には入れない。



223系+5000系快速「マリンライナー」(坂出)

赤系帯の5100形先頭のマリンライナー高松行。


223系+5000系快速「マリンライナー」(坂出)

私の乗る岡山行マリンライナーが到着。先頭車に乗り込んだ。




(児島—坂出)

西側の窓際席に着けたが、瀬戸大橋を渡るあいだ、ところどころで前に出て乗務員室越しに軌道の風景を撮ってみた。
橋梁部では新幹線用と合わせて複々線分のスペースが確保されており、現在はそのうちの真ん中の2本分を使っているとのこと。



(児島)

児島駅に到着。
下の方がヘンテコな紺色の行灯駅名標は、よく見たら「JEANS STATION」と書いてある。
地元産業にちなんだデニム色ってわけか。

デニムだよっ。児島だよっ。(オリジナルは「児だよっ」です)

ジーンズステーションコジマって、お店みたいだ。

駅だよっ。 児島だ(略)(つづく)

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)