2018年6月17日日曜日

18.6.16 ハマナスのいなほのスターライト

一ヶ月ちょっとぶりの撮影。
武蔵野・京葉線に『スターライト舞浜号』が来るので、朝から迎え撃つ。

583系の『わくわくドリーム号』が車両と共に消滅して久しいが、同じく遠方から夜行でTDLを目指してやってくるびゅう商品団臨が『スターライト舞浜号』だ。
新潟のE653系が用いられるこの列車、前回撮ったのは3年半前
当初予定していた新たな働き場を東日本大震災で失ったE653系は、新潟の485系置きかえに回された。7連は「いなほ」、4連は「しらゆき」用となり、それぞれ新たなカラーリングを纏った。
3年半前の撮影は「いなほ」用での初上京の記録となった。

昨年「いなほ」用のE653系のうちU106が瑠璃色、U107がハマナス色に早くも生まれ変わった。定期検査ごとに各編成が生まれ変わるとか変わらないとか…。
3月に瑠璃色が『スターライト舞浜号』で初上京してきたが、私は見事にスルーしていた。


朝の部

いつもの場所へ。まぁ久々になるんだが。
跨線橋の足元で工事が行われていて、撮影環境が変わっていた。



205系(船橋法典—西船橋)

Sモードで撮影。時間的に次がお目当ての列車。



E653系「スターライト舞浜」(船橋法典—西船橋)

来ました。ハマナス色のE653系。
シングルアームパンタのホーンが車体と同色になっているオシャレさんだ。



E653系「スターライト舞浜」(船橋法典—西船橋)

なかなか似合っている。端(はな)からこのカラーリングで造られたといってもいいぐらいで。
ハマナス色もこれが初上京とのこと。
今後7月・9月にそれぞれ2往復の設定があるようだ。瑠璃色も撮りたい。

前回撮影時は京成を撮ったりして時間をつなぎつつ東大宮への返しもここで撮ったが、工事によりカーブ側は撮りづらそうだったのでこれにて帰宅した。
だが実際はケヨ区で昼寝というダイヤだった。気づいていれば二俣新町に行ったんだが。


夜の部

そして夜。せっかくなので、正味の返しを撮ることにした。
夜はどうしたって駅撮りになるので、西船橋の武蔵野・京葉線ホームでのバルブ撮影。
おそらく4年前の『わくドリ』以来だと思われる。



205系(西船橋)

最近中央・総武緩行の209系500番台・E231系が転入してきているケヨ区の武蔵野線用8連。
まだまだ205系が東京駅に乗り入れている。


205系(西船橋)

ドア窓が大窓のタイプ。


205系(西船橋)

ドア窓が小窓のタイプは山手線用に新造されたグループ。JR西の京阪神緩行用も同様。


205系(西船橋)

セルフタイマー2秒での撮影。ドアが開く前に撮りきれなかった。
この列車の背後から、ハマナス色が進入してきている。



E653系「スターライト舞浜」(西船橋)

205系が出発してハマナスさんご開帳。モードを変えながら撮る。


E653系「スターライト舞浜」(西船橋)

ヘッドマークはSモードで抜かないと写らない。
常磐線時代は視認性に欠ける「HITACHI EXPRESS」の文字が入っていたが、新潟に移って1000番台化されたあとはこのマークの部分は無地になっていた。



E653系「スターライト舞浜」(西船橋)

丸みのある部分がツヤツヤしてていいな。
出発は動画で撮影。


205系(西船橋)

4名いた同業者がとっとと撤収するなか、残業。


205系(西船橋)

東所沢行なので何となく撮りたかったのだ。


終電の部

東西線で帰る。


07系(西船橋)

この列車が中野行終電。木場以西へ出る人にはこれが最後。


2000系(西船橋)

最終まで20数分列車が来ない7・8番ホームに残り、東陽町行を記録。この列車はT運用だ。
かつては平日夜間に結構な本数が設定されていたB線東陽町行列車、最近はなかなか自然に出会うことがなくなってきた。



2000系(西船橋)

5・6番ホームに移る。東葉車のフルカラーLED化はあまり進んでいない。




E231系(西船橋)

5番線側からは総武線を撮れる。総武線は早朝・深夜は路線の起点である御茶ノ水までの運転。
E231系500番台の山手線からの転入で、6ドアステッカー付のE231系0番台は徐々に減っている。
一部の0番台は4M6Tから6M4Tになって中央・総武緩行線に残る。
4連の八高線への転用にあたりサハを廃車し、余るモハ1ユニットを他の編成の6ドア車+4ドアサハ1両と差し替えるのだ。
実際に組み替えが済み、6ドアステッカーがなくなった0番台編成が登場している。


15000系(西船橋)

終電1本前の東陽町行は15000系。



E231系900番台(西船橋)

15000系の東陽町行の1分前に出る総武線は、なんとミツB901だった。
当初209系950番台として登場した、E231系の始祖編成だ。この編成の御茶ノ水行が撮れるとはね。


15000系(西船橋)

高い柵が付いて撮りづらくなったな。これに乗り…


15000系(原木中山)

…地元・原木中山で降りる。たった一駅。


(原木中山)

2番線ホーム中野方先端はハトのフンだらけになっていた。前はあんなじゃなかったが。
見上げると、ひょっこりと。
最近ホーム端の柵が西船橋同様高いものに変わったんだが、その時に屋根周りにも何か影響があったんだろうか? 普通に考えたら関係ないのだが…。


15000系(原木中山)

A線の東葉勝田台行が来た。あちらはまだ終電ではない。



07系(原木中山)

B線終電は07系。
到着前、聞いたことがないチャイムがホームに響いてびっくりしたが、終電を知らせる肉声放送だった。
これにて当駅B線列車はすべて終了。
時刻表を見たら、B線東陽町行は平日・土休日ともこのラスト3本の列車のみの設定に減っていた。
身近すぎてまったく気にもしていなかったが、そりゃ見ないわけだ。
4年前には19時台の東陽町行を記録している。これはダイヤ改正前日で東葉快速ラスト便の記録をしたときだった。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

2018年5月5日土曜日

18.5.5 府中3/4周・4

是政から競艇場前へひと駅乗り、競艇場前で撮影したあとまたひと駅進んで白糸台で降りる。


髭差喚呼

島式ホームの白糸台駅では、上下列車が交換する。



新101系(白糸台)

ホームと駅舎は構内踏切での接続。踏切は上り列車の後方となるため、停車中の車両の顔を正面から撮れる。


新101系(白糸台)

249Fと交換の是政行245F。本日休暇の赤電が見える。
構内踏切の手前の線路レベルのスペースから撮影。



新101系(白糸台)

上下列車が出発し、赤電247Fを眺める。
額縁顔の車両にそうでない車両の塗装を復刻する際、額縁内のいわゆるブラックフェイス部分をどうするかという壁にぶつかる。
この復刻赤電のそれも、ファンの間では賛否両論となった。正面窓の天地の狭さが強調され、装甲車感があるな。

東武8000系の各復刻色はすべてブラックフェイスは存置だったが、同じ東武でも50090系ブルーバードや、水島臨海鉄道のキハ38(…まぁ、なんでこの車両を国鉄一般色編成に選んだのかは意味がわからないが)などは黒塗りを廃した。
やはり黒くする前提(新101系は249Fの通り登場時はベージュ)で凹みをつけているので、そこを周りと同じ色にすると違和感が出る。


351系(玉川上水車両基地・1990.6.24)(再掲)

幼少の頃に池袋線を走る赤電は様々見たが、実際に撮ったのはこの351系の引退時のイベントのときだけ。
多摩湖線を走っているときに撮ればよかったのに。
復刻赤電でブラックフェイスを解いたのは、この赤電独特のおでこのオカッパ感を消さないためだと思われる。
正面腰部にステンレス飾りが付いた701系・801系の赤電時代は、今回の復刻と同様腰部も同じく一直線の塗り分けになっていた。


新101系のぬりえ

そこで、久しぶりのぬりえ。前回のぬりえも西武だったな。
ブラックフェイスを再度施す。オカッパ感存置のため、窓から上は残し、ブラックの上の角は丸く仕上げた。701・801系のイメージも出すために眉間側は角丸にしなかった。
方向幕は「嘘谷境(うせやさかい)」に変更。
…まぁなんというか、現物もこのぬりえも「見慣れちゃえばなんともない」というのが結論か。



新101系(白糸台)

245Fが戻ってきた。
縦アングルの写真で上空にあるのは京王線の高架。同じ大手私鉄だが、バリバリの高架幹線と地べたの単線というギャップ。
多摩川線はラッシュ時以外は基本12分ヘッドで、土休日ダイヤがない全日同一ダイヤとなっている東京近郊では珍しい路線だ。



新101系(白糸台)

是政行は253F。黄色ツートンと赤電の並びを撮るため、この場でひたすら待つ。


(白糸台)

駅長登場。


(白糸台)

線路の前では止まって確認。


(白糸台)

線路の前では止まって確認。



(白糸台)

矢印に従い順路を進む。



(白糸台)

上り列車が近づいてきたが、線路脇の高いところに納まった。


新101系(白糸台)

その近づいてきた253F。交換設備で制限がかかっているのでゆっくりだ。



新101系(白糸台)

さぁ、並びました…。影がかかりすぎだな。
やっぱり赤電が走ってるときにまた来ないとダメだ。


黄色い電車

253Fの最後部に乗り先へ進む。
次の多磨駅は対向式ホームで交換設備は生きているが、12分ヘッドのあいだは使わないようだ。
Wikipediaによるとかつて同駅は「多磨墓地前」という名前であったが、大きな病院が移転してきて最寄り駅になることから「墓地」という言葉と病院との相性の悪さを懸念して2001(平成13)年に改称された。
白糸台駅もかつては「北多磨」であったが、多磨墓地前が「多磨」となると、その南にある駅が「北多磨」というのはヘンだということになり、駅所在地の住居表示の「白糸台」に同時に改称された。
多磨駅の住居表示は「紅葉丘(もみじがおか)」だというのでそっちのほうがいいようにも思えた。旧駅名の由来である多磨霊園は「多磨町(たまちょう)」という住居表示の場所にあるようだ。

多磨の次の新小金井で降り、次に来る黄色ツートンを迎える。



新101系(新小金井)

当駅の是政方はカーブアングル。
ただし列車の顔が北東を向いているので日は当たらない。


新101系(白糸台)

当駅も多磨駅も構内踏切での上下ホーム接続。線路レベルで撮る。
当駅は多摩川線内で唯一、西武らしい樹木のような柱を持った上屋が使われている。



新101系(武蔵境)

再び249Fに乗り武蔵境に到着。結局多摩川線内で多磨だけ降りなかった形となった。
高架になってからの西武の武蔵境駅には初めて降り立った。


401系(武蔵境・1991)(再掲)

20世紀の武蔵境駅は中央線の下りと西武多摩川線が同じ島式ホームを対面で使用していた。当然改札は共用だ。
401系を2本つないだ4両編成。


701系(武蔵境・1991)(再掲)

こちらは701系4連。中央線に中線、西武側に側線が並び、構内は広々としていた。


183系特急「あずさ」(武蔵境・1991)(再掲)

同日の中央線側。グレードアップあずさが現役バリバリの時代。
そういえば、このカラーに復刻した189系がこないだ引退したんだっけ。結局撮らずじまいだった。


167系「富士急ハイランドスケート号」(武蔵境・1991)(再掲)

中線の向こうの上り線を通過する167系アコモ改良車使用の臨時列車。
両列車ともホームに面した線路を通過。使われずに輝きを失った中線が見える。



新101系(武蔵境)

現在に戻る。終端側では中央線ホームの列車の顔も少し見える。E233系との並びを狙ったが、柵が高いな。


新101系(武蔵境)

復刻カラーであるが、種別表示器がなくなったり、スカートが付いたりと顔のイメージは違う。



新101系(武蔵境)

車号と方向幕を撮って西武撮影はおしまい。中央線ホームに移る。
武蔵境は西武多摩川線では唯一自動改札機がある駅で、直接JRコンコース内に入れるのりかえ口も設けられている。

赤電が消化不良だったため、頭の中では国分寺へ出て多摩湖線の伊豆箱根色を撮ろうかと考えていた。
しかし往路では西国分寺で中央線を降りていたことから、つい西国分寺の感覚で上りホームへ出てしまった。

…16時か。もう帰ろうか。
少し中央線も撮ろうかと、ちょうど来ていた東京行快速は見送って東京方ホーム端へ。
ちょっと撮りづらそうだな。



E257系500番台特急「かいじ」(武蔵境)

しかし思わぬ収穫。
E257系500番台使用の「かいじ188号」に遭遇した。JR側でも黄色い電車に会うとはね。
まぁ光線条件やアングルは良かぁないですが。イラストマークがきちんと表示されている。
189系がトタから消滅してしまったので、富士急直通の臨時快速と合わせ、余りがちだったE257系500番台の出番が少し増えてきた。




E233系(武蔵境)

下り列車を迎えてみたが、やっぱり信号機が絡んでしまった。線路が南側にシフトしている分もある。



E353系特急「スーパーあずさ」(武蔵境)

さらなる収穫。E353系は初遭遇初撮影。こちらはアングルを調整して撮った。
かいじ188号とともにまったくダイヤは頭に入っておらず、偶然続けて会うことができた。
…? ウォーズマン、泣いてるの? って顔。
都営5500形とはきょうだいである。




E353系特急「スーパーあずさ」(武蔵境)

ホーム上屋の梁の影が画を面白くする。以前もこんなのがあったな。


E233系(武蔵境)

上屋のデザインが楽しく、広いホーム。画になる駅だ。
次の三鷹で往路同様東西線直通列車に乗りっぱなしで地元・原木中山まで帰った。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)