2016年3月27日日曜日

16.3.19 京阪神滋奈・06/奈良・王寺・高田

京都、滋賀、奈良…関西3府県目に入り、みやこ路快速の終点・奈良駅に到着。
降車時は開閉ボタンを押してドアを開けて出た。

まだ新しい高架駅からは旧駅舎の伽藍も見えるが、夜は着実に迫っておりスキは作ってはいけない。


奈良から王寺へ

1番線には、楽しみの一つであった105系が待っていた。
105系は3ドアの新造車と103系改造の4ドア車がある1M方式の系列。
福塩線用にのみ中間車がある4連が作られたが、のちに短編成化のためモハはクモハ・サハはクハに改造され、105系は現存の全車に運転台が付いている。


105系(奈良)

万葉まほろば線(桜井線)と和歌山線の主力となっている105系は103系からの改造車であり、そのほとんどが戸袋窓が残るスタイルを貫いている。…というより取り残されているという表現が合っているか?
この列車はクモハ・モハとも508号。調べると近ヒネSW005編成で、モハ103・102-1000番台ユニットから改造して生まれており、2両とも3ドアの新造車と同じ顔が取り付けられている。
なお登場時のカラーであるクリーム+朱帯は消滅しこの和歌山地域色に改まっているほか、3本のラッピング編成がある。


105系(奈良)

クハの連結面寄りにはトイレが取り付けられていて、ここだけむしろたっぷり窓が埋められている。
和歌山線が比較的長い路線であることと、駅のトイレを使おうと下りようもんなら、次の列車がなかなか来ないというオチも待っているのだ。


105系(奈良)

この列車は王寺行だが、万葉まほろば線経由のため「大回り」となる。
奈良から天理・桜井を経由して高田までが万葉まほろば線、高田から王寺は和歌山線を通る。



221系(奈良)

大和路線のりばには221系の大和路快速が2本停まっており、3番線の列車(07・近ナラNA424)が先発だ。
2番線の列車(51・近ナラNB806)もボタンでドアが開くので、私は1番のりばからこの2・3番のりばにNB806を通り抜けて移った。

先発の大和路快速の転換クロスシートを王寺まで堪能。
法隆寺駅前後では五重塔はどこだ?とほどほどにキョロキョロしたが、見つからなかった。

王寺では大和路線の運用に就く103系に会えた。



103系(王寺)

編成は6連の近ナラNS617。近ナラの103系6連は3本しかないようで、会えたのはラッキーだった。
奥にとっても気になる顔があるが、これはあとで触れよう。
関西線〜大和路線の4ドア車はこれまで一切新製車が入ったことがなく、転入組のみなんだそうだ。
ウグイス色は101系からの伝統で、1980年代まで正面に黄帯が入り山手線とは違う表情となっていた。
その後帯は一旦廃止されてかつての山手線と同じになったが、1996(平成8)年度から改めて白帯が入った。


秩父鉄道1000系(寄居・2009.8.7)(再掲)

秩父鉄道が元国鉄101系の1000系に施した復刻塗装。忠実に再現されている。
この黄帯は「警戒色」で、沿線の緑に溶け込んで踏切等で線路沿いにいる人が気づかなくなるのを防ぐためである。
一旦廃止されたのは昼間もライトを点灯するようになったためだったが、保線作業員からの声でやはり必要となり、白帯が入ったという経緯。
仙石線や可部線の旧国がウグイスに塗られた際も警戒色が施されたが…それならばウグイス色を使わなければいいのに、と思ったのは私だけだろうか?


105系(王寺)

5番線には和歌山線・万葉まほろば線経由の奈良行。
クモハが2パンタの近ヒネSP001編成だ。



105系(王寺)

この顔に会いたかった!
ペアを組む車両も同じ103系1000番台ベースであるが、やはりこの地下鉄顔を今も見られるのが嬉しすぎる。
1000番台は基本的に常磐緩行線〜営団千代田線を走った車両だが、私の地元の営団東西線を走った1200番台も全く同じ顔。1000番台そのものも10連1本だけ走っていた。


常磐快速線103系1000番台(取手・1988)(再掲)

105系化されなかった103系1000番台は常磐快速線に転用され、エメラルドグリーン1色になった。
現在の和歌山地域色はオーシャンブルーという感じで、なんとなく雰囲気は似ている。ただし貫通幌の取付で顔つきは変わっている。


中央・総武緩行線103系1200番台(日本橋・1988)(d)(再掲)

東西線を黄帯で走っていた103系1200番台。
残念ながら1000番台が千代田線を走る時代は私は小学生で撮影もしていなかった(乗ったことはある)が、都心の地下をこの顔が走っていた風景には違いない。
105系になった103系1000番台は、その当初の目的での使用より105系になってからの時間のほうが長くなっている。


201系(王寺)

大和路線の201系が登場。JR難波発王寺止まりの列車で、近ナラND615編成。
201系はJR東日本には1両が保存的に残っているだけで、残る現役車はすべて森ノ宮と奈良に集結している。
そしてすべてが体質改善工事を受け、車両の内外ともキレイな状態を保っている。
この201系に関してはブラックフェイスがあるので、白帯はあまり意味を成さないように思える。



105系(王寺)

4番線にもう1本の105系到着。近ヒネSP002編成。
ウグイス201系とのコントラストが美しい。



105系(王寺)

2パンタのクモハ104-502とその車内。運賃収受のための設備が付いているが、カバーがかけられている。


高田へ行ってみる

5番線・近ヒネSP001編成の高田・桜井経由奈良行に乗り込む。
王寺から出ているのは和歌山線。高田で万葉まほろば線(桜井線)を分ける形であるが、列車はその分かれる方の万葉まほろば線に入っていく。

目指すは高田駅。路線図以外何のあてもなく、ひとまず核となる駅に行こうというだけの考えだ。
風景は奈良から王寺までの大和路線とあまり変わらず、基本的に風通しのよい感じ。ただ途中の駅はやはり関西本線よりは格下、という設備だ。
JR五位堂駅の手前では近鉄大阪線と斜交しその近鉄の五位堂研修車庫の脇も通ったが、車両はよく見えなかった。

105系の座席は103系時代そのまんまという感じで、クッションはだいぶ疲れが出ている。まるでポッポの丘の保存車両レベルだ。
スピードはないが揺れは大きく、最近の車両に「座り慣れて」いるとこの和歌山線での105系の旅は懐かしさたっぷりとなる。

近鉄大阪線と再び近づいて高田川のガーダー橋を渡ると高田駅に到着。
2面3線だが、中線を撤去したような空間も残る広いスペースの駅だ。




105系(高田)

2番のりばに降りると、単式ホームの1番のりばには万葉まほろば線からの王寺行が登場。
よく見ると、奈良駅で撮影した近ヒネSW005編成だった。AU75形の集中冷房装置が載っているタイプ。



105系(高田)

王寺から乗ってきた近ヒネSP001編成。



105系(高田)

王寺で撮ったこの近ヒネSP002編成が、私の乗った列車の次の便として到着。



105系(高田)

クハ104-504車内。1枚目奥が連結面で、貫通路左側がトイレ。
乗務員室背後はいろいろな機器が付いているが、運賃収受対応のために乗務員室はバーのみで区切られている。ここに鉄が立つと運転士はさぞ落ち着かないだろう。



105系(高田)

乗り降りは寂しい量。近くには近鉄の大和高田駅があり、乗降客数は近鉄のほうが断然上だ。



105系(高田)

近ヒネSW002編成がやって来た。
手前のクハの屋根にはグロベンがずらり。クモハの屋根に控えめな大きさのWAU202クーラーユニットが載っている。
2枚目の写真のとおり、WAU202での冷改車はクモハも連結面から運転台方向を向いた際の右側窓が塞がっている。冷改時に機器室が設けられたためだ。
クハへのトイレ設置後のWAU202冷改編成を横から見た際は、どちらサイドから見ても右側の車両の連結面側車端部の窓が塞がれた形となる。


105系(高田)

列車は14:55に和歌山を出てきた王寺行。これに乗って王寺に戻る。


105系(王寺)

王寺に着くと、奈良で撮った編成に3度目の遭遇。高田から追いかけた形なので当たり前なのだが。
西日を浴びてまたステキな色味になっている。



105系(王寺)

高田から乗ってきた近ヒネSW002編成。


105系(王寺)

ヘッドライト点灯となったところでもう1枚。
後で知ったのだが、この夕方の時間帯は105系の列車が集中する時間帯だった。
もし湖西線に行っていなかったら、王寺—高田間は221系ばかりの時間帯に来ていたことになる。
4編成の105系を撮れてよかった。(つづく)

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

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